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第二章

奥多摩の接触

翌朝、透は会社に電話した。

「すみません、今日休みます」

理由は言えなかった。言える理由がなかった。知らない番号からのメッセージに従って山へ行く、などと言えば、確実に心配される。

木箱の紙を内ポケットに入れた。折らないように、丁寧に。

なぜそうするのか、自分でもわからなかった。ただ、折ってはいけない気がした。


奥多摩駅に着いたのは昼過ぎだった。

観光客が数人、ハイキングの装備で歩いていた。透はジーンズにスニーカーという格好で、明らかに場違いだった。

メッセージにはそれ以上の指示がなかった。

どこへ行けばいい。

その瞬間、足が動いた。

夢の中と同じだった。考えるより先に、体が方向を知っていた。観光客が消えた。舗装道路が消えた。気づけば獣道を歩いていた。

三十分後、透は小さな社の前に立っていた。

地図にない場所だった。


「来たか」

声がした。

社の陰から、老人が出てきた。七十代か、八十代か、判断がつかない。背筋が異様なほど真っ直ぐだった。目が、若かった。

「山路の血は、まだ生きていた」

老人は透を見て、そう言った。品定めするような目ではなかった。安堵の目だった。

「あなたは誰ですか」

「サンカだよ」

透には、その言葉の意味がわからなかった。

「山に生きる者だ。戸籍を持たない。地図に載らない。ずっとそうやって生きてきた」

老人は社の扉を開けた。中に、小さな石が置いてあった。透の木箱の紙と、同じ文様が刻まれていた。

「お前の祖母から預かっていた。お前が来る日まで」


「なぜ私が来ると」

「来ると言われていたから」

「誰に」

老人は空を見上げた。

「上から」

透は思わず空を見た。青い空があった。雲があった。それだけだった。

「上というのは」透は慎重に言葉を選んだ。「比喩ですか」

「違う」

老人は透の目を真っ直ぐ見た。

「文字通り、上だ。地球の外だ」


透は笑おうとした。

また、笑えなかった。

祖母の紙が、内ポケットの中で、熱を持っていた。


「エアという名前を聞いたことがあるか」

老人が言った。

透は首を振った。

「今夜、聞くことになる」

老人は社の中から、古い短波ラジオを取り出した。時代錯誤な機械だった。ノイズが走っていた。

「これで来るのか」透は言った。

「これが一番傍受されない」

老人はダイヤルを回した。ノイズが変わった。周波数が合わさっていくような音がした。

そして。

透。聞こえるか。

夢の中の声と、同じだった。


透の足から、力が抜けた。

老人が静かに支えた。

怖がらなくていい。私はお前の敵ではない。ただ、話さなければならないことがある。地球に残された時間のことを。お前の血のことを。そして、誰も知らない本当の歴史のことを。

山の中が、静まり返っていた。

風も止まっていた。

まるで、世界がこの瞬間を待っていたように。

まず一つだけ聞く。

声が続いた。

お前は、2012年に世界が変わったと感じなかったか。

透は、息を呑んだ。

感じていた。

うまく言葉にできなかったが、あの年から、何かが違った。ニュースの質が変わった。人々の目が変わった。自分の夢が始まったのも、あの年だった。

「感じていました」透は、ラジオに向かって言った。

そうだ。あの日、一つの時代が終わった。支配者たちのリーダーが、消えた日だ。


老人が、透の肩に手を置いた。

「ここからが、本当の話だ」

山の奥で、何かが鳴いた。

鳥ではなかった。