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第15章

森

山道に入ると、空気が変わった。

百合は窓を少し開けた。湿った土と、葉の匂いがした。

黒岩が迎えに来ていた。軽トラックだった。以前の、スーツ姿とは別人だった。でも笑い方は同じだった。

「遠かったでしょう。」

「全然。」

そこは、小さな集落だった。古い家が十数軒。畑があった。鶏がいた。

黒岩が案内してくれた。

「ここで自然農法をやってます。農薬も化学肥料も使わない。土が全部やってくれる。」

百合は土を見た。

黒くて、柔らかかった。

「土が全部やってくれる、って?」

「微生物とか、ミミズとか。見えないものが、ちゃんと循環してる。俺たちは邪魔しないだけ。」

百合は土を見たまま、少し考えた。

見えないものが、ちゃんと循環してる。

夕方、黒岩がイノシシの出る場所に連れて行ってくれた。

山の入り口だった。古い轍があった。深く、くっきりと。

「毎日ここを通るんですよ。」

百合はしゃがんで、轍を見た。

指で、端を触った。土が少し崩れた。

「怖くないんですかね、イノシシは。」

「何が?」

「毎日同じ道を通ること。」

黒岩は少し考えた。

「怖いって概念、ないんじゃないですかね。ただ、そこを通ることが自然だから、通ってる。」

百合は立ち上がった。

夕日が木々の間から差していた。

轍が、金色に光っていた。

なんのために生き残っているんだろう。

夜中に目が覚めるたびに、そう思っていた。

でも今、ふと思った。

イノシシは、そんなことを考えない。

ただ、毎日同じ道を通る。昨日より少し深い轍を作りながら。

それが、進むということかもしれない。

帰り道、黒岩が言った。

「蓮見さん、なんか変わりましたね。」

百合は助手席で窓の外を見たまま答えた。

「そうですか。」

「なんか、前より軽い。」

百合は少し考えた。

「轍の話、面白かったです。」

黒岩は笑った。

「イノシシに言っておきます。」

百合も笑った。

夜の山道を、軽トラックが走った。

ヘッドライトが、暗い道を照らした。

その先に何があるか、見えなかった。

でも百合は、それでいいと思った。

ただ、進んでいけばいい。

昨日より少しだけ深い轍を、作りながら。

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