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第四章

火の前の歴史

焚き火が、安定した炎になった。

老人は無駄な動きをしない人だった。火の起こし方、薪の置き方、全てに迷いがなかった。何千回も繰り返してきた動作だった。

透は老人の名前を聞いていなかったことに気づいた。

「あなたの名前を教えてもらっていませんでした」

「弥山だ」

「みせん」

「山の名前だ。本当の名前は、もう使わない。サンカはそういうものだ」

弥山は透の向かいに座った。火が二人の間で揺れた。

「食え」

干し肉と、木の実と、正体不明の草を練ったものが出てきた。透は空腹だったので、躊躇わず食べた。悪くなかった。

「美味しい」

「山のものだ。スーパーのものより、体に合う。お前の血には特にな」

弥山は火を見ながら言った。

「そろそろ聞きたいだろう。日本の話を」


最初の日本

「この列島に最初に来たのは、縄文の民だ」

弥山は枝で地面に円を描いた。

「彼らはムーの末裔だ。二十二種族の遺伝子を持つ、最初の人類に最も近い存在だった。争わなかった。一万年以上、戦争の痕跡がない。世界の考古学者が不思議がっている事実だ」

透は頷いた。それは知っていた。

「縄文土器は世界最古だ。土偶は宇宙服を着た人間に見える。あれは記憶だ。自分たちの起源を、形にして残した」

「宇宙二十二種族の記憶を」

「そうだ」

弥山は円の中に、螺旋を描いた。透の木箱の紙と同じ文様だった。


「そこに、饒速日命が来た」

弥山の声が、少し変わった。敬意が混じった。

「天から降りてきたと記録されている。神話として扱われているが、文字通りだ。宇宙船で来た」

「どこから」

「ドラコ星系だ。ドラコニアンと呼ばれる種族がいる。誤解されている種族だ。名前から、爬虫類系の悪い存在だと思われる。だが本来は、平和を愛する古い種族だ。オリオン大戦を経験し、支配の愚かさを誰より知っていた」

透は火を見た。

「饒速日は、縄文の民と融合した。争わず、教えを授け、共に生きた。それが饒速日系の一族だ。この国の最初の王統だ」

「裏天皇」

「表と裏という言葉は正確ではないが、わかりやすいから使う。饒速日系は、この国の本来の中心だった」


神武東征の真実

弥山は新しい薪を火に加えた。炎が大きくなった。

「次に神武天皇が来た」

「東征ですね」

「そう記録されている。だが考えてみろ。神武の軍団はどこから来たか」

「南から、九州に上陸して」

「その前だ。もっと前を考えろ」

透は黙った。

弥山が続けた。

「五色人という話を、エアからすでに聞いたか」

「少し」

「日本から世界へ散った人々がいる。赤、黒、黄、白、青。五つの色の民だ。彼らはムーが沈んだ後、世界各地へ渡った。文明を築いた。エジプトも、シュメールも、インダスも、その末裔たちだ」

透は息を呑んだ。

「神武の軍団は、その出戻りだ。世界へ散り、各地で経験を積み、戻ってきた。彼らは純粋な縄文の民ではなかった。外の血と文化が混ざっていた」

「だから饒速日系と対立した」

「対立というより、摩擦だ。価値観が違った。饒速日系は縄文の精神を守ろうとした。神武系は外の世界の論理を持ち込んだ」


弥山は地面の円の外に、点をいくつか描いた。

「五色人の中で、最も謎なのが青人だ」

透は身を乗り出した。

「タミルの民だ」

弥山が言った。

「スリランカと南インドに生きる、古い民族だ。彼らの神話にクマリ・カンダムという失われた大陸が出てくる。ムーだ。レムリアだ。タミルの民はムーの記憶を、世界で最も長く、正確に保存してきた」

「インドの神様が青い肌をしている理由が」

「ヴィシュヌ、クリシュナ、シヴァ。全員青い。偶然ではない。青人の記憶が、神話の形で残ったんだ」

透は夜空を見上げた。星が増えていた。

「タミルの民は今も迫害されている」

弥山が静かに言った。

「スリランカで、インドで。記憶を持つ者が、消されようとしている」


オベリスクの網

火が少し落ち着いた。

弥山は空を見上げた。

「エジプトの話をしよう」

「オベリスクですか」

弥山が透を見た。

「エアから聞いたか」

「まだです。でも、気になっていました」

「賢い血だ」

弥山は小さく笑った。

「オベリスクは、エジプトで作られた。レプティリアンの支配下にあった時代だ。彼らは人類の覚醒を恐れた。眠らせておく必要があった」

「装置として」

「特定の周波数を出す。人の意識を、ある状態に固定する。目覚めにくくする。それ自体では弱い。だが網のように配置すれば、強くなる」

透は知っていることを言った。

「ワシントン、ロンドン、ローマ、パリ、ニューヨーク」

弥山が頷いた。

「全部、現代の権力の中枢だ。全部にオベリスクがある。エジプトからわざわざ運んだ。数千トンの石を、海を越えて運ぶ理由が、観賞用のはずがない」

透は東京のことを考えた。

「日本には」

「ない」

弥山は言った。

「それが答えの一つだ。日本の権力中枢に、オベリスクがない。饒速日系が守ってきたからだ。この列島だけは、網の外にある」

透は初めて、日本という国の意味が、別の形で見えた気がした。


サンカの使命

火が、また落ち着いた。

弥山が透を見た。

「そろそろ、お前自身の話をしよう」

透は姿勢を正した。

「サンカとは何ですか。本当のところを」

弥山は少し間を置いた。

「山に生きる者、と言った。それは本当だ。だが、それだけではない」

薪が、パチンと音を立てた。

「サンカはエアの目だ。耳だ。地上との接点だ。宇宙法で直接介入できないエアが、地球の状況を知るための網だ。オベリスクの網に対する、こちら側の網だ」

「いつから」

「饒速日が来た時からだ。ドラコニアンの血を持つ饒速日と、エアは古くから繋がっていた。サンカはその仲介として生まれた。戸籍を持たない。地図に載らない。どこにでも行ける。どこにいても不思議ではない。諜報員として、これ以上の存在はない」

透は自分の手を見た。

「私の祖母は」

「現役だった。最後まで」

弥山は静かに言った。

「お前の母親は、知らなかった。一代飛ばすことがある。時代によっては、知っていることが危険だから。だがお前の祖母は、お前を見て、確信したそうだ」

「何を」

「お前が最後のリンクだと」

エアと同じ言葉だった。


透は火を見た。

炎が、揺れていた。

「最後というのは」

「ネフィリムは逮捕された。だがシステムは動いている。脚本は進んでいる。リセットまでの時間が、あまりない」

「リセットとは」

「地球が、また一からやり直しになることだ。文明が消える。記憶が消える。何度も繰り返してきた。洪水もその一つだ」

透の中で、何かが固まっていった。

「止められるのですか」

「脚本に人類が気づけば、止まる。信じなければ、実現しない。エアがそう言っていた」

「どうやって気づかせる」

弥山は透を見た。

目が、火を反射して、オレンジに輝いていた。

「お前の血が知っている。明日から、思い出させる」


夜が深くなった。

虫が鳴き始めた。

山が、呼吸しているようだった。

透は寝袋に入りながら、空を見た。

満月だった。

その横で、一つの星が、やはり他より明るく輝いていた。

待っている。

声ではなかった。

ただそう、感じた。

透は目を閉じた。

その夜、夢は見なかった。

初めて、山を走る夢を見なかった。

もう、走る必要がなくなったからかもしれなかった。