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第六章

三人

翌日、奥多摩だった。

透が場所を決めた。

祠の前、と言った。

エレズには意味がわからなかった。

でも、従った。


奥多摩駅で降りた。

透が待っていた。

隣に、女性がいた。

四十代だった。

細身だった。

エレズを見た。

警戒していた。

透より、強く警戒していた。

当然だった。


「絵馬さんですか」

女性はすぐには答えなかった。

透を見た。

透がうなずいた。

「そうです」と女性は言った。

「エレズ・ベングリオンです」

「知っています」とエマは言った。「モサドの人ですよね」

「透さんから聞きましたか」

「昨日のうちに調べました」

エレズは少し驚いた。

「早いですね」

「キャンプより調査の方が得意になってしまいました」

透が小さく笑った。

エマは笑わなかった。

まだ、警戒していた。


三人で山を歩いた。

透が先頭だった。

エマが続いた。

エレズが最後だった。

道が細くなった。

木々の密度が上がった。

光が変わった。


杉林だった。

エレズは足を止めた。

杉を見上げた。

真っ直ぐだった。

根から梢(こずえ)まで、真っ直ぐだった。

「どうしました」と透が振り返った。

「杉です」

「名前の意味ですね」

「ええ」

エマがエレズを見た。

初めて、警戒以外の目で見た。


祠の前に着いた。

三人で座った。

小さな祠だった。

記号が刻まれていた。

螺旋と、星と、見たことのない文様。

エレズはその記号を見た。

夢で見た記号だった。

ペルセポリスの写真で見た記号だった。


「これを知っていますか」と透が聞いた。

「夢で見ました」とエレズは言った。

エマとの透顔が、同時に動いた。

「夢で」とエマが言った。

「攻撃の後、夢に出てきました。そして遺跡の写真の中にも、同じ記号がありました」

「それで気づいたんですか」と透が聞いた。

「気づき始めました。時間がかかりましたが」


沈黙があった。

山の静けさだった。

川の音がした。

鳥の声がした。

風が、杉林を揺らした。


エマが口を開いた。

「正直に聞きます」

「どうぞ」

「私たちを、消そうとしていましたか」

エレズは答えを探さなかった。

「上司は、そのつもりです」

「あなたは」

「私は、それをしに来ませんでした」

「なぜ信じられますか」

「信じられないと思います。今は」

エマはエレズを見た。

長い間、見た。

エレズは目を逸らさなかった。


透が言った。

「老人の話をしてもいいですか」

エマとエレズが透を見た。

「老人はこう言いました。三人揃う時が来る、と」

エレズは祠を見た。

「三人、ですか」

「空から見る者。地から探す者。その間に立つ者」

エマが小さく息を飲んだ。

エレズには、その意味がわかった。

空から見る者は、自分だった。

地から探す者は、エマだった。

その間に立つ者は、透だった。


杉だった。

根は地に。

梢(こずえ)は天に。

その間の幹が、透だった。


「老人は、なぜ三人が揃う必要があると言ったんですか」とエレズは聞いた。

透は祠の記号を見た。

「一人では、見えない部分があるからだと思います」

「何が見えない」

「空からだけでは、地上の人間が見えない」

エレズの胸に、何かが刺さった。

「地上からだけでは、計画の全体が見えない」と透は続けた。

「そして」とエマが言った。

静かな声だった。

「間に立つ者がいなければ、二人は出会えない」


三人は祠の前で、しばらく黙っていた。

川の音がした。

風が吹いた。

杉が揺れた。

梢(こずえ)が、空を指していた。


エレズが口を開いた。

「私が知っていることを、話します」

透とエマが、エレズを見た。

「計画の全体を、話します」

「全部ですか」とエマが聞いた。

「全部です」

「なぜ」

エレズは杉を見た。

真っ直ぐな杉を見た。

「根を張る時が来たと思うからです」


透が先に言った。

「聞きます」

エマは少し間を置いた。

それから言った。

「聞きます」


川の音が、続いていた。

風が、続いていた。

杉が、静かに立っていた。

根は地に。

梢(こずえ)は天に。

その間で、三人は話し始めた。