翌日、奥多摩だった。
透が場所を決めた。
祠の前、と言った。
エレズには意味がわからなかった。
でも、従った。
奥多摩駅で降りた。
透が待っていた。
隣に、女性がいた。
四十代だった。
細身だった。
エレズを見た。
警戒していた。
透より、強く警戒していた。
当然だった。
「絵馬さんですか」
女性はすぐには答えなかった。
透を見た。
透がうなずいた。
「そうです」と女性は言った。
「エレズ・ベングリオンです」
「知っています」とエマは言った。「モサドの人ですよね」
「透さんから聞きましたか」
「昨日のうちに調べました」
エレズは少し驚いた。
「早いですね」
「キャンプより調査の方が得意になってしまいました」
透が小さく笑った。
エマは笑わなかった。
まだ、警戒していた。
三人で山を歩いた。
透が先頭だった。
エマが続いた。
エレズが最後だった。
道が細くなった。
木々の密度が上がった。
光が変わった。
杉林だった。
エレズは足を止めた。
杉を見上げた。
真っ直ぐだった。
根から梢(こずえ)まで、真っ直ぐだった。
「どうしました」と透が振り返った。
「杉です」
「名前の意味ですね」
「ええ」
エマがエレズを見た。
初めて、警戒以外の目で見た。
祠の前に着いた。
三人で座った。
小さな祠だった。
記号が刻まれていた。
螺旋と、星と、見たことのない文様。
エレズはその記号を見た。
夢で見た記号だった。
ペルセポリスの写真で見た記号だった。
「これを知っていますか」と透が聞いた。
「夢で見ました」とエレズは言った。
エマとの透顔が、同時に動いた。
「夢で」とエマが言った。
「攻撃の後、夢に出てきました。そして遺跡の写真の中にも、同じ記号がありました」
「それで気づいたんですか」と透が聞いた。
「気づき始めました。時間がかかりましたが」
沈黙があった。
山の静けさだった。
川の音がした。
鳥の声がした。
風が、杉林を揺らした。
エマが口を開いた。
「正直に聞きます」
「どうぞ」
「私たちを、消そうとしていましたか」
エレズは答えを探さなかった。
「上司は、そのつもりです」
「あなたは」
「私は、それをしに来ませんでした」
「なぜ信じられますか」
「信じられないと思います。今は」
エマはエレズを見た。
長い間、見た。
エレズは目を逸らさなかった。
透が言った。
「老人の話をしてもいいですか」
エマとエレズが透を見た。
「老人はこう言いました。三人揃う時が来る、と」
エレズは祠を見た。
「三人、ですか」
「空から見る者。地から探す者。その間に立つ者」
エマが小さく息を飲んだ。
エレズには、その意味がわかった。
空から見る者は、自分だった。
地から探す者は、エマだった。
その間に立つ者は、透だった。
杉だった。
根は地に。
梢(こずえ)は天に。
その間の幹が、透だった。
「老人は、なぜ三人が揃う必要があると言ったんですか」とエレズは聞いた。
透は祠の記号を見た。
「一人では、見えない部分があるからだと思います」
「何が見えない」
「空からだけでは、地上の人間が見えない」
エレズの胸に、何かが刺さった。
「地上からだけでは、計画の全体が見えない」と透は続けた。
「そして」とエマが言った。
静かな声だった。
「間に立つ者がいなければ、二人は出会えない」
三人は祠の前で、しばらく黙っていた。
川の音がした。
風が吹いた。
杉が揺れた。
梢(こずえ)が、空を指していた。
エレズが口を開いた。
「私が知っていることを、話します」
透とエマが、エレズを見た。
「計画の全体を、話します」
「全部ですか」とエマが聞いた。
「全部です」
「なぜ」
エレズは杉を見た。
真っ直ぐな杉を見た。
「根を張る時が来たと思うからです」
透が先に言った。
「聞きます」
エマは少し間を置いた。
それから言った。
「聞きます」
川の音が、続いていた。
風が、続いていた。
杉が、静かに立っていた。
根は地に。
梢(こずえ)は天に。
その間で、三人は話し始めた。