眞子は弁当箱の蓋を閉めた。
「田中くん、コナンくん好き?」
唐突すぎて、誠は一瞬固まった。
「子供の頃は」
「あのね」と眞子は言った。「コナンくんって、なんで事件を解決できると思う?」
「頭がいいから」
「違う」
眞子は箸を置いた。
「現場を俯瞰してみるからだよ。犯人に感情移入しないし、被害者に感情移入もしない。ただ、全体の構造を見る。それだけ」
誠はコーラを飲んだ。
「住民税の話してたんですけど」
「してるよ」
眞子はまた弁当箱を開けた。
「58万円に怒ってる田中くんは、犯人を追いかけてる。でも犯人が誰か、まだわかってないでしょ」
「政府じゃないんですか」
「政府は道具だよ」
「道具?」
「包丁に刺されたとき、包丁に怒る?」
誠はまた答えられなかった。
しばらく沈黙が続いた。社食のざわめきだけが流れた。
眞子が先に口を開いた。
「田中くん、実家お金持ちでしょ」
「なんでわかるんですか」
「雰囲気」
誠は黙った。
「送金してもらえばいいんじゃん、って思ってる人から見たら、田中くんの愚痴は贅沢に聞こえるかもしれない。でも」
眞子は誠の目を見た。
「それとこれとは、別の話だよね」
誠の胸の奥で、何かが小さく動いた。腐る感じじゃない。別の何かだ。うまく言葉にできない。
「眞子さんは」と誠は言った。「怒らないんですか、税金に」
「最初は怒ったよ」
「今は?」
眞子は少し笑った。昔モデルをやっていたとは、誠にはとても想像できない笑い方だった。飾りのない、ただの笑いだった。
「今はね、面白いと思ってる」
「面白い?」
「仕組みが見えてくると、面白くなるんだよ。怖い映画も、監督の手口がわかったら怖くなくなるでしょ。それと同じ」
誠はコーラの缶を見た。中身はもう空だった。
「どうやって見えるようになるんですか」
眞子は弁当箱を閉めた。立ち上がる前に、一言だけ言った。
「まず、封筒をちゃんと全部読む」
昼休みが終わった。
誠はかばんの中の封筒を、また思い出した。
今度は、捨てたいとは思わなかった。