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第三章

手取り

その夜、誠はソファに座って封筒を開けた。

ちゃんと読んだことがなかった。いつも数字だけ見て、捨てていた。

住民税、58万円。

その下に、細かい内訳が並んでいた。

所得割、均等割。

誠はスマホで検索した。意味がわかった。わかったところで、どうにもならなかった。

次に、去年の源泉徴収票を引っ張り出した。

年収は680万円だった。

電卓を叩いた。

所得税、住民税、社会保険料。全部足した。

年間270万円。

手元に残るのは410万円。月に直すと34万円。

家賃、食費、光熱費、通信費。引いていくと、残るのは月6万円だった。

俺、年収680万なのに、月6万しか自由に使えないのか。

スマホが光った。

母親からLINEだった。

「誠、今月も少し送ろうか?」

誠は既読をつけた。

今日は、既読だけつけた。


翌日の昼休み。

誠は社食で眞子を探した。

いた。窓際の席で、一人で弁当を食べていた。

向かいに座った。

「計算しました」

眞子は顔を上げた。

「年収680万で、手元に残るのが月6万でした」

眞子は少し間を置いた。

「で、誰に怒った?」

「誰にも怒れなかった」

「なんで?」

誠はコーラを一口飲んだ。

「包丁に怒っても意味ないって、昨日思ったから」

眞子は少し笑った。

「成長じゃん」

「全然嬉しくないです」

眞子は弁当箱から卵焼きを一切れ取った。

「ねえ田中くん、お金って何だと思う?」

「稼ぐもの」

「それは動詞。お金そのものは何?」

誠は考えた。

「価値を交換するもの?」

「そう」と眞子は言った。「交換の道具。それだけ」

「それだけ、って」

「道具が目的になったとき、おかしくなるんだよ」

誠はまた考えた。うまく飲み込めなかった。

「たとえば」と眞子は続けた。「田中くんが誰かのパソコン直してあげたとする。お礼にご飯おごってもらった。それって、お金使ってないけど、価値は交換されてるよね」

「まあ」

「でも今の社会は、その交換を全部お金に変換させようとする。お金を通さないと交換できない仕組みにしてある」

「なんで?」

眞子は卵焼きをもう一切れ取った。

「通過するたびに、少しずつ取れるから」

誠は黙った。

社食のざわめきが、少し遠く聞こえた。

「眞子さん」と誠は言った。「なんでそんなこと知ってるんですか」

眞子は答えなかった。

代わりに、こう言った。

「田中くん、物々交換ってしたことある?」


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