← 轍(わだち)目次

第10章

首都高を飛ばした。黒岩の車だった。百合は助手席で窓の外を見ていた。

ラジオもつけなかった。二人とも、黙っていた。沈黙が、苦じゃなかった。

この人、沈黙を埋めようとしない。

百合は少し、安心した。

海が見えてきた。夕方だった。光が水の上で砕けていた。

車を止めた。二人で外に出た。波の音だけがあった。

黒岩は海を見ながら言った。

「銀座で振り返った時、追いかけようとしたんですよ。」

百合は海を見たまま答えた。

「なんで、やめたんですか。」

「人が多すぎて。」

百合は少し笑った。

「正直ですね。」

「蓮見さんは、振り返った理由、わかりますか。」

百合は少し考えた。波が来て、返した。

「わからないです。」

それだけ言った。

黒岩は笑った。百合も笑った。海だけが、ずっと動いていた。

↑ 目次に戻る