19歳の頃、バイトをしていた喫茶店があった。
カウンターだけの、小さな店だった。
マスターが好きなオールドカーが、週替わりで店内に展示してあった。
フェラーリ Dino。アルファロメオ ジュリエッタ。ポルシェ 356。
車が好きな人間が、黙って集まってくる店だった。
百合はカウンターの中でコーヒーを淹れた。客は車の話しかしなかった。値踏みしなかった。派閥がなかった。ただ、ボディデザインやエンジン音の話をした。
居心地がよかった。
ある日、客の一人に声をかけられた。モデルか女優をやってみないかと言われた。百合は3秒考えた。
いいですよ。
そう答えた。
なりたかったわけではなかった。ただ、そういう気がしただけだった。