彼女は立ち上がった。
「遅くまでありがとうございました」
「また来ますか」
彼女は少し考えてから、答えなかった。 代わりに、扉に手をかけながら振り返らずに言った。
「猫の話、覚えておいてください」
扉が閉まった。
廊下の足音が遠ざかっていった。
コートの裾が濡れていたことを思い出した。 雨は降っていなかった。
テーブルの上に、湯飲みが二つあった。 彼女の湯飲みには、お茶がまだ少し残っていた。 湯気は、もう出ていなかった。
スマートフォンを手に取った。また動画が始まりかけた。
閉じた。
窓の外を見た。隣の家の窓に、灯りがついている。 誰かが、そこにいる。
私は何かを感じた。 考えるより先に、感じた。
それが何だったかは——ここには書かない。
了