三週間後の一週間前。
五人は再び東京に集まった。
今度は透のアパートではなかった。
弥山が用意した場所だった。
奥多摩ではなく、東京の下町の、古い倉庫だった。
弥山が中にいた。
そして、もう一人いた。
透は入口で止まった。
気配が違った。
人ではなかった。
人の形をしていたが、人ではなかった。
「驚くな」
弥山が言った。
「エアの使者だ。直接介入はできない。だがこれくらいなら、宇宙法の範囲内だそうだ」
使者は若い男の外見をしていた。
三十代に見えた。
肌が、微かに発光していた。
目が、透明だった。色がなかった。
使者は五人を見渡して、言った。
声が、複数重なって聞こえた。
「エアからの伝言を届ける。三週間後、実行日の詳細と、各自の配置を伝える」
五人は静かに聞いた。
「ロンドン、クレオパトラの針。アルジュナ」
アルジュナが頷いた。
「パリ、コンコルド広場のオベリスク。エリック」
エリックが頷いた。
「ローマ、サン・ピエトロ広場のオベリスク。ソフィア」
ソフィアが目を閉じて、頷いた。
「ワシントン、ナショナル・モールのワシントン記念塔。レイニー」
レイニーが石板を抱えたまま、頷いた。
「ニューヨーク、セントラルパークのオベリスク。透」
透は頷いた。
使者が続けた。
「実行時刻は、グリニッジ標準時で午前零時。全員、同時だ。一秒でもズレると、周波数が打ち消し合う」
「同時というのは、どうやって確認する」
エリックが聞いた。
「確認しない」
使者が言った。
「信じる」
沈黙があった。
「体が知っている。同じ詩を、同じ意図で唱えれば、時間は合う。頭で計算するな。血で動け」
レイニーが静かに言った。
「それは我々の先祖が、ずっとやってきたことだ」
使者が初めて、表情を変えた。
微かに、笑った。
「そうだ。お前たちの血が覚えている。信じろ」
使者が去った後、倉庫に六人が残った。
弥山が透を見た。
「お前に言っておくことがある」
透は弥山の前に立った。
「コンラートは、実行日に動く」
「俺を止めに来るか」
「直接は来ない。だが、ニューヨークのオベリスクの周辺に、人を配置する。お前がオベリスクに触れる前に、物理的に止めようとする」
「どうすれば」
「サンカの血を使え。気配を消せ。人混みに溶けろ。誰にも気づかれずに動くのが、サンカの本質だ」
透は頷いた。
弥山が続けた。
「そしてもう一つ」
弥山の目が、真剣になった。
「お前は遠視ができる。実行の瞬間に、遠視を使え」
「何を見るために」
「他の四人を見ろ。全員が動いているかを確認しろ。一人でも止まっていたら、その場で判断しろ」
「判断とは」
「詩を、一人で五人分唱えられるか、考えておけ」
透は何も言えなかった。
弥山は続けた。
「最悪の場合の話だ。だが、サンカは常に最悪を想定する。それが生き延びてきた理由だ」
三日前。
五人は別れた。
それぞれの都市へ飛んだ。
透はJFK空港に降り立った。
ニューヨークの空気を吸った。
重かった。
情報が多い街だった。欲望が多い街だった。
そして、オベリスクがある街だった。
透はセントラルパークへ向かった。
下見をした。
オベリスクは、メトロポリタン美術館の裏にあった。
思ったより小さかった。
高さ二十一メートル。三千五百年前のものだった。
観光客が写真を撮っていた。誰も気にしていなかった。
透はオベリスクの前に立った。
触れなかった。
まだだ。
だが、感じた。
微かな振動が、地面から伝わってきた。
動いている。今も、ずっと動いている。
透は周囲を確認した。
普通の観光客。ジョギングする人。犬を連れた人。
その中に、三人、気配が違う者がいた。
コンラートの人間だった。
透は気づかないふりをして、立ち去った。
前日の夜。
ホテルの部屋で、透はアルジュナの詩を聞いた。
百回は聞いた詩だった。
今日は、違った。
全部、わかった。
タミル語の意味が、血の中から浮かんできた。
翻訳ではなかった。
理解だった。
詩は、こう言っていた。
我々はここから来た。海の底に今もある故郷から。忘れたことはない。一度も忘れたことはない。眠っていただけだ。今、目を覚ます。今、思い出す。我々は一つだった。また一つになる。
透は目を閉じた。
ムーの記憶が来た。
海が来た。
沈んでいく陸地が来た。
船が来た。
散っていく人々が来た。
赤、黒、黄、白、青、緑。
六つの方向へ、散っていった。
そして今夜、戻ってくる。
透はスマートフォンを見た。
全員からメッセージが来ていた。
アルジュナ:準備できた。テムズ川が今夜は静かだ。
エリック:コンコルド広場を三回歩いた。オベリスクが俺を認識した気がする。
ソフィア:ローマの夜は暖かい。サン・ピエトロの石畳が、懐かしい感じがする。
レイニー:ワシントンの夜空に星が多い。石板を持ってきた。重いが、手放せない。
透は返信した。
明日、また会おう。場所は違うが。
全員から、同じ返信が来た。
また会おう。
透は眠ろうとした。
眠れなかった。
当然だと思った。
窓の外を見た。
ニューヨークの夜景が広がっていた。
眠らない街だった。
透はふと思った。
この街の人たちは、明日何かが変わることを知らない。
知らなくていい。
ただ、目が覚めやすい世界になる。
気づくかどうかは、それぞれが決めることだ。
エアの言葉を思い出した。
人類が自ら選択する権利を侵さない。
俺たちがするのは、選択肢を増やすことだ。
透は目を閉じた。
今度は、眠れた。
夢は見なかった。