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第六章

問い

その夜。

拓海はノートを開いた。

日記をつける習慣はなかった。

でも今夜は、書きたかった。


ソクラテスは言った。汝自身を知れ。

釈迦は言った。自灯明。

イエスは言った。神の国は汝らの中にあり。

三人とも、外に答えを求めるな、と言っていた。

でも世界は、ずっと外に救世主を求め続けた。

なぜか。


拓海はペンを止めた。

考えた。


忘れているから、と透は言った。

何を忘れているのか。

自分が観測者だということを。


観測者とは何か。

見る者。

意識を向ける者。

選択する者。


じゃあ俺は、毎日何を見ているのか。

スマートフォン。

ニュース。

インスタ。

ヒーロー映画。


俺が毎日見ているものが、俺の世界を作っている。


拓海はペンを置いた。

窓の外を見た。

東京の夜だった。

光があった。


この光の一つ一つに、観測者がいる。

全員が、毎日何かを選択している。

全員が、気づかないまま、世界を作っている。


じゃあ気づいたら、どうなるのか。


ノートに書いた。

気づいた観測者は、意図的に選択できる。

何を見るか。

何を信じるか。

誰に優しくするか。

何に怒るか。

何を笑うか。


それが、救世主の仕事なのかもしれない。

特別な力はいらない。

意図的に、選択する。

それだけのことが、波紋になる。


拓海はノートを閉じた。

時計を見た。

午前一時だった。


眠れる気がしなかった。

でも、眠ることにした。

明日も、電車に乗る。

明日も、田中と飯を食う。

明日も、普通の日が来る。


その普通の日が、戦場だ。


目を閉じた。

暗闇の中で、焚き火の光が見えた。

透の声が聞こえた気がした。

観測者が決めるんです。一人一人が。


拓海は眠った。

その夜、夢は見なかった。

ただ、深く、眠った。