週末。
拓海は実家に帰った。
特に理由はなかった。
なんとなく、会いたかった。
母は台所にいた。
夕飯を作っていた。
拓海が来ても、驚かなかった。
「ご飯、食べてく?」
「食べていく」
「肉じゃがでいい?」
「いい」
それだけだった。
それだけで、十分だった。
拓海は台所の椅子に座った。
母の背中を見た。
小さかった。
いつの間にか、小さくなっていた。
「お母さん」
「なに」
「俺、生まれてきてよかったと思う?」
母は手を止めなかった。
鍋をかき混ぜながら言った。
「当たり前じゃない」
「なんで」
「なんでって」
母は振り返った。
不思議そうな顔をしていた。
「あなたが生まれた日、世界で一番嬉しかった。それだけよ」
拓海は母を見た。
当たり前のことだった。
でも今夜は、違う重さがあった。
母が子を思う。
それだけのことが、神だと誰かが言っていた。
「お母さん、地球のことって考えたりする?」
「地球?」
「環境とか、戦争とか」
母は鍋に戻った。
「考えるよ。心配だよ。でも私にできることって、あなたをちゃんと育てることくらいしかないから」
「それって十分だと思う?」
「十分かどうかわからないけど」
母は少し間を置いた。
「あなたが誰かに優しくできる人間になってくれたら、それが私の答えだと思ってる」
拓海は窓の外を見た。
実家の庭が見えた。
小さな庭だった。
柿の木が一本あった。
子供の頃、毎年実がなった。
母が子を思う。
人も動物も昆虫も植物も同じ。
ただそれだけのこと。
「お母さん、ありがとう」
母は振り返らなかった。
「突然どうしたの」
「なんとなく」
「気持ち悪い」
母は笑った。
拓海も笑った。
肉じゃがは、美味しかった。
いつも通りの味だった。
でも今夜は、特別だった。