← 拓海 目次

第七章

週末。

拓海は実家に帰った。

特に理由はなかった。

なんとなく、会いたかった。


母は台所にいた。

夕飯を作っていた。

拓海が来ても、驚かなかった。

「ご飯、食べてく?」

「食べていく」

「肉じゃがでいい?」

「いい」


それだけだった。

それだけで、十分だった。


拓海は台所の椅子に座った。

母の背中を見た。

小さかった。

いつの間にか、小さくなっていた。


「お母さん」

「なに」

「俺、生まれてきてよかったと思う?」

母は手を止めなかった。

鍋をかき混ぜながら言った。

「当たり前じゃない」

「なんで」

「なんでって」

母は振り返った。

不思議そうな顔をしていた。

「あなたが生まれた日、世界で一番嬉しかった。それだけよ」


拓海は母を見た。

当たり前のことだった。

でも今夜は、違う重さがあった。


母が子を思う。

それだけのことが、神だと誰かが言っていた。


「お母さん、地球のことって考えたりする?」

「地球?」

「環境とか、戦争とか」

母は鍋に戻った。

「考えるよ。心配だよ。でも私にできることって、あなたをちゃんと育てることくらいしかないから」

「それって十分だと思う?」

「十分かどうかわからないけど」

母は少し間を置いた。

「あなたが誰かに優しくできる人間になってくれたら、それが私の答えだと思ってる」


拓海は窓の外を見た。

実家の庭が見えた。

小さな庭だった。

柿の木が一本あった。

子供の頃、毎年実がなった。


母が子を思う。

人も動物も昆虫も植物も同じ。

ただそれだけのこと。


「お母さん、ありがとう」

母は振り返らなかった。

「突然どうしたの」

「なんとなく」

「気持ち悪い」

母は笑った。

拓海も笑った。


肉じゃがは、美味しかった。

いつも通りの味だった。

でも今夜は、特別だった。