幸はプランターの前に戻った。
夜になっていた。 窓の外は暗く、プランターのトマトは夜風に静かに揺れていた。
スーパーで買ったトマトの種から生まれた、1メートルの植物。
廃棄されるはずだった種が、土の中で眠り、芽を出し、茎を伸ばし、またから新芽を出し、脇から花を咲かせ、実を結んだ。
廃棄されるはずだったものが、命になった。
幸はそこに、何かを感じた。
本来の人間——一寸法師のような小さな存在——も、ある意味で「廃棄されるはずだったもの」だったのかもしれない。 遺伝子改変によって、本来の姿を失った。 逆さまにされた。頭が下から上へ。またが上から下へ。
でも、命は続いた。
改変されながらも、本来の遺伝子は薄まりながらも、残っている。
植物のまたから新芽が出るように、何度でも、新しい命は生まれる。
脇から花が咲くように、何度でも、実を結ぶ。
幸はノートを取り出した。
書き始めた。証拠はない。 全部、自分の頭の中の話だ。 脳みその中の思考回路が作り上げたフィクションだ。
でも、トマトは1メートルに育っていた。
またから芽が出て、脇から花が咲いていた。
スーパーで買ったトマトを食べた時に、誰かがこれを設計したとは思わない。 でも、設計されたかのように、精巧に、繰り返し、同じ原理で育つ。
ヴォイニッチ手稿も、同じかもしれない。
誰かが書いた。何かを知っていた者が。 その知識がどこから来たのかは、わからない。 この世界の知識ではないかもしれない。
でも書かれて残った。
100年以上、誰も読めなかった。
でも、図は残っている。
植物の図が。女性の図が。星図が。
見る者が見れば、わかる。
読める者には、読める。
幸はノートに書き続けた。
夜中の三時になっていた。
窓の外で、トマトが揺れていた。
またから出た新芽が、夜風の中で、静かに揺れていた。
明日も、新しい芽が出るだろう。
脇から、花が咲くだろう。
実が成るだろう。
種が生まれるだろう。
その種を、誰かがまた土に埋めるだろう。
循環は、止まらない。
了
この作品は完全なるフィクションです。 登場する仮説・考察は著者の想像によるものであり、実在の団体・人物・事実とは一切関係ありません。