ひと月ほど経った金曜日、誠は別の用事でその支店に立ち寄った。
番号を呼ばれて座ると、新井だった。
新井は誠の顔を見て、少しだけ姿勢を正した。 それから、手続きの説明を始める前に、こう言った。
「先日は、失礼いたしました」
「いえ。変なことを聞いたのはこっちなので」
「あの、」新井は一度言葉を切った。 「あの後、自分で調べました」
誠は顔を上げた。
「預金の法的な性質のことです。恥ずかしい話ですが、正確には理解していませんでした。研修では習うんですけど、そういうものだ、という覚え方をしていて」
「そうですか」
「それで、支店長にも聞きました。同じことを聞かれたら、どう答えるのが正しいんですかって」
新井は少し笑った。
「支店長も、しばらく黙ってました」
誠も笑った。 それから、書類にサインをして、席を立った。
自動ドアを出たところで、誠は一度だけ振り返った。
新井は次の客を呼んでいた。
何も変わってはいない。 銀行は今日も動いているし、システムも細かい字のページも、昨日と同じだ。 誠が質問したところで、仕組み自体は一ミリも変わっていない。
ただ、条文と数字でできている以上、それは誰でも読むことができる。 誠は読んで、一つ質問しただけだった。 それだけで、新井と支店長が「消費寄託」という言葉を考えるきっかけになった。
些細なことだが、無意味だとは思わなかった。
駐車場まで歩きながら、誠は次に確認するものを決めていた。 生命保険の証券が、茶箪笥の二段目に入っている。 あれもまだ、細かい字のページを読んだことがない。
(了)