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第七章

自分の中の熱

その週の終わり。

蓮は水筒の麦茶を飲みながら、ふと聞いた。

「涼子さん、座禅の話、もう少し聞いてもいいですか?」

「なに?」

「薪をくべない練習だって言ってましたよね。それって、感じたことを、無視するってことですか」

涼子は少し首を振った。

「逆」

「逆?」

「無視じゃなくて、もっとちゃんと感じるための練習」

蓮はわからないという顔をした。

涼子は水筒を机に置いた。

「高橋くん、冬の外気って、何度まで下がっても、エアコンは熱を取り出せると思う?」

「氷点下だと、もう無理なんじゃないですか?」

「無理じゃない。氷点下十何度でも、ちゃんと動くように作られてる機種もある。空気の中には、人間が"冷たい"って感じる温度でも、まだ動かせるだけの熱が残ってるから」

「そんなに残ってるんですか、寒くても」

「残ってる。ただ、人間の感覚だと、それに気づけない。冷たいとしか感じない」

蓮は水筒を握った。

「エアコンは、冷媒っていう特別な液体を使って、それを検知して取り出してる。人間で言うと、センサー性能の差」

「涼子さんの言う、座禅は」

「そのセンサーの精度を上げる練習」と涼子は言った。「感じないようにするんじゃなくて、そこに何があるか、正確に感じ取れるようにする」

蓮は少し黙った。


その夜、蓮は家のリビングで、娘と少しだけ遊んだ。

いつもなら、スマホを見ながら適当に相手をするだけなんだが、その日は、スマホを置いてみた。

娘が積み木を積んで、崩れて、笑った。

俺、今、楽しいのか。

自分でもよくわからなかった。

でも、いつもよりずっと長く、その場に座っていた。

娘が寝たあと、妻がリビングに来て言った。

「今日、なんか機嫌よかったね」

「そう見えた?」

「うん。珍しく」

蓮は少し考えた。

「機嫌がよかったわけじゃないんだ。たぶん、前からあったものに、今日初めて気づいただけ」

妻は意味がわからないという顔をした。

蓮も、うまく説明できなかった。

ただ、寒い日に手をかざしたら、思ったより暖かかった、というような感覚だった。


翌日の昼休み。

「昨日、娘と遊んでたら、なんか、気づいたことがあって…」

「どんなこと?」

「俺、いつも次の楽しいことを探しに行ってたんです。もっとワクワクすること、もっと盛り上がること。でも昨日、何もない時間に、なんか、ちゃんと満ちてる感じがしました」

涼子は麦茶を飲んだ。

「それだよ」

「それって」

「何かを新しく作らなくても、すでに足りてたってこと。高橋くんが今まで探してた"熱"は、たぶん最初から、そこにあった」

蓮は黙った。

「気づかなかっただけ、ってことですか?俺、ずっと」

「みんなそうだよ」と涼子は言った。「気づいてないだけで、もともと持ってる人の方が多い。だから偉い人たちは、新しく何かを得るためじゃなくて、もう持ってるものに気づくために、座って、目を閉じるんだと思う」

蓮は水筒の麦茶を飲んだ。冷たかった。

冷たいのに、なぜか温かい気がした。


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