玄さんが言った。
「この娘は、六本木の女だぞ」
何を言っているのか、私には分からなかった。でも、その一言で、空気が変わった。
ジェームスは、ぱっと手を離した。少し気まずそうに、何か言い訳のようなことをつぶやいて、離れていった。今思えば、あの気まずさは、本物だったと思う。彼は、特別に悪意のある人間ではなかった。むしろ、人懐っこい青年だった。
数週間後、玄さんに聞いた。あれは、どういう意味だったのか。
玄さんは、いつものように涼しい顔で言った。
「あいつらの中には、変な線引きがあるんだよ。沖縄の女には、何をしても大して問題にならない。でも、六本木の女に手を出したら、話が違ってくる」
冗談みたいな口調だったけれど、その奥にあるものは、冗談ではないようだった。
ジェームスがその線引きを発明したわけじゃない。彼は、もっと大きな組織の中の末端の駒でしかない。本人の意思とは別のところで、もっと上の方から、何十年もかけて染み込んできたルールに従って動いている。だから、彼の中に、「沖縄ならいい」という線引きがあったように思う。