← 六本木の女 目次

第三章

山王ホテルのこと

十年経って、私はその「線引き」の正体を、自分で調べた。

戦後、赤坂にあった旧・山王ホテルは、1946年に米軍に接収され、米軍関係者とその家族専用の施設になった。日本人の立ち入りは禁止された。終戦直後、米兵の娯楽目的で多くのホテルが接収されたが、サンフランシスコ条約締結後に多くが返還される中、赤坂の山王ホテルだけは、米軍が占領を続けた。返還されたのは1983年。代わりに南麻布、六本木のすぐ近くに建てられたのが、今も残るニュー山王ホテルだった。

つまり赤坂・六本木一帯は、戦後ずっと、米軍士官クラスやその家族が出入りする、いわば「正規の」拠点だった。日本人の目にも、米軍内部の規律の目にも触れやすい場所。

一方で、沖縄の基地は、全く違う形で存在してきた。規模も、性質も、可視性も。

アメリカという国が悪意を持って仕組んだことだとは思わない。戦争が終わった後、占領というシステムが、何十年もかけて、土地ごとに違う「扱い」を積み重ねていっただけのことだ。ジェームスは、その積み重ねの末端で、自分でも気づかないまま、その線引きを受け継いでいた。

↑ 目次に戻る