玄さんは、いつもの調子で、また別の話を始めた。
煙草に火をつけて、煙をゆっくり吐き出しながら——そんな何でもない仕草の合間に、玄さんはふと、声のトーンを変えた。
「線引きの話なら、もっと根っこの話をしようか」
玄さんが言うには、戦後のある時期、アメリカのある大統領が、人類で初めて、人間ではない知性体と接触したのだという。一つは、金星から来たとされる、穏やかで、武器を持たない種族。彼らは、人類に核兵器を放棄するよう求めたらしい。もう一つは、いわゆる「グレイ」と呼ばれる、感情の読めない、灰色の小さな存在たちで、彼らは技術と引き換えに、別のものを要求したという。
「で、その大統領は、金星の連中とは契約しなかった。グレイの方と契約したんだよ」
本当かどうかは、玄さんにも分からないという。証拠なんてどこにもない、ただの噂、都市伝説の類だ、と本人も笑っていた。
「グレイってのは、案外、未来の地球人かもしれないし、アルカン星とかいう、もっと遠いところから来たのかもしれない。誰にも分からない」
玄さんは、こう続けた。
「もしそれが本当なら、今の世の中の、いろんな歪んだ線引きの、いちばん最初のボタンの掛け違いは、そこにあるのかもしれないな」
金星を選ばず、グレイを選んだ。武器を手放す道ではなく、技術と支配を選んだ。その小さな選択が、何十年もかけて転がり落ちて、占領というシステムになり、基地というシステムになり、沖縄と六本木の間に引かれた、あの見えない線になったのかもしれない——玄さんは、そんなことを、半分冗談のように話していた。
信じるかどうかは、好きにすればいい、と。