国民投票の日が、近づいていた。
颯太のチャンネルには、あれから、似たような動画が増えた。 結論を、急がない動画。 歴史を、ただ、差し出すだけの動画。
登録者数は、目立って、増えなかった。
それでも、颯太は、続けていた。
ある夜——いつものように、インターホンが、鳴った。
「颯太だけど」
麻衣が、鍵を開けると、颯太は、いつもの顔で、立っていた。
「投票日、見届けるんでしょ」と麻衣は言った。
「ああ」と颯太は言った。 「でも——結果がどうであれ、もう、いい」
「なんで」
颯太は、靴を脱ぎながら、少し、笑った。
「結果は、国民が、決めることだから」
麻衣は、メモ帳を、開かなかった。
ただ、颯太の隣に、座った。
窓の外、東京の夜景が、いつもと同じように、広がっていた。
颯太は、その光を、見た。
「あの古墳で、最後に言われたんだ」と颯太は言った。 「言葉は、もう、十分に渡した。あとは、お前が選ぶことだ、って」
「選んだの?」
「選んだ」と颯太は言った。 「見たものを、渡すことを」
麻衣は、窓の外を、見た。
光の中に、煙は、見えない。
それでも——どこかの竈で、誰かが、自分の頭で、考え始めている。
それだけで、じゅうぶんだった。
祭りが、どれだけ派手でも。
煙の見えない夜が、どれだけ続いても。
朝は、いつも来る。
そして、誰かが、見ることをやめない限り——渡す手は、止まらない。
2026年某月 堺にて
五十音 百
この物語は、フィクションです。
