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第三章

巨人と小人の逆転

ガリバー旅行記を、幸は子供の頃に読んだ。

 ガリバーが小人の国に行く話は、知っている人が多い。 身長15センチほどの小人たちが、縄でガリバーを縛って、城に運んで、色々と困らせる話。

 幸はずっと、その話を「小人の国に迷い込んだ普通の人間の話」として読んでいた。 ガリバーが「普通」で、小人たちが「異常」な存在として。

 でも、本当にそうだろうか。

 逆だとしたら、どうなるか。

 小人たちの方が、本来の人間だとしたら。 ガリバーの方が、異常なサイズに育ってしまった存在だとしたら。

 一寸法師を思った。

 日本の昔話で、指ほどの大きさしかない男の子が、お椀の船に乗って都へ行き、鬼を退治して、打ち出の小槌で普通の人間の大きさになる話だ。

 私たちはあの話を「小さくて可哀想な子が、普通の大きさになってめでたしめでたし」と読む。

 でも——普通の大きさになることが、本当に「めでたし」なのか。

 もし一寸法師の大きさが、本来の人間の大きさだとしたら。

 彼は打ち出の小槌によって、本来の姿から遠ざかったことになる。

 親指姫も同じだ。 花の中に住む、指ほどの大きさの女の子。 彼女は最終的に、妖精の国で自分と同じ大きさの王子と結ばれる。 それが「幸せな結末」として描かれている。

 同じ大きさの存在と出会った時に、初めて幸せになれた。

 ということは——私たちが「普通」と思っているサイズの人間の世界では、親指姫は幸せになれなかったということだ。


 旧約聖書に、ネフィリムという存在が登場する。

 創世記六章に、こう書かれている。 「神の子らは人の娘たちが美しいのを見て、その中から好きな者を選んで妻にした。(中略)その頃も、またその後も、地上にはネフィリムがいた。 これは神の子らが人の娘たちのところに入って産ませた者であり、大昔の勇士であり、名高い英雄であった。」

 天の存在と、地上の人間(女)の間に生まれた子供たち。

 彼らは巨人だったと言われている。 通常の人間よりも、はるかに大きな体を持っていた。

 幸はここで、一つのことに気づいた。

 ネフィリムが巨人なのだとすれば——彼らの親である「神の子ら」は、もっと大きかったはずだ。 あるいは、少なくともネフィリムと同等の大きさだった。

 そして「人の娘たち」は——ネフィリムより小さかった。

 つまり。

 大きいのがネフィリム(天の存在との混血)で、小さいのが本来の人間だ。

 一寸法師や親指姫のような、小さな存在が、本来の人間だとしたら——

 ネフィリムは、本来の人間よりもずっと大きな存在だった。

 そして今、地球を生きている私たちは、ネフィリムの血が混じった、本来の人間よりも大きくなってしまった存在なのかもしれない。


 スミソニアン協会が、巨人の骨を回収し続けているという話がある。

 世界各地で発掘された、明らかに通常の人間より大きな骨格の記録が、発見されても公表されず、どこかへ消えていくという話だ。 19世紀から20世紀初頭にかけて、アメリカの新聞にはそのような記事が何度も載った。 身長2メートルを超える、あるいは3メートルに迫る骨格が、各地の墳丘から発掘されたという報告が。

 でも今、それらの骨はどこにもない。

 なぜ、消えるのか。

 もし巨人が実在したという証拠が公になれば、人類の歴史を根本から書き直さなければならなくなる。 神話の中にしかいないはずの存在が、実際に地上を歩いていたことが証明されてしまう。

 知っている者がいる。知っていて、隠している者が。

 なぜ隠す必要があるのか。

 それを知られると、困る者がいるからだ。

 困る者とは——ネフィリムの血を濃く引いている者たちではないか。

 今の地球を支配している者たちが、自分たちが「本来の人間」ではないことを、知られたくないのではないか。