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第五章

うつっていたのは

その夜──と、雫は心の中で呼んでいた。本当は、夜も昼もない場所だけれど──二人は、暗闇の中で、長いあいだ、黙っていた。

 水の子たちのことが、頭から、離れなかった。ほとんどが、水。太陽のあたたかさを飲み、子を産むために二酸化炭素のある星をめざす。恐れられ、ウイルスと呼ばれたこの子たち。本当は、ただ、生きているだけ。

 「これは、本当に、わたしたちの敵なんだろうか」

 雫は、コハクに、たずねた。うまく通じるように、光と、音と、あの∞のしるしを、まぜながら。

 コハクは、しばらく考えて、やがて、ゆっくりと答えた。コハクの星に伝わる古い物語にも、これと同じ"広がっていくもの"が、出てくるのだという。そして、その物語では──それが通りすぎたあとの星に、再び、命が芽ぶいたと伝えられているのだそうだ。

 雫の背すじを、冷たいような、あたたかいような、ふしぎな震えが、走った。

 伝染していたのは、病では、なかったのかもしれない。

 考えてみれば、水の子たちが運んでいるのは、水だ。命のもとになる、あの水。星から星へ、しずくを一粒ずつ、手渡していく。ある星から、ほんの少し、あたたかさを分けてもらい、その熱で、次の星に水を届ける。──それは、感染ではなく、リレーなのでは?宇宙が、命を、次の場所へ運ぶ「命のリレー」。その、気の遠くなるようなリレーの先端を、雫は今、見ていた。

 うつっていたのは、病ではない。  幸運の方だったのだ。

 金星のことも、そう思うと、腑に落ちた。金星は、地球よりも先に、この水の子たちを迎えた先輩のような星なのだ。先に、その熱を知り、先に、その水を受けとった星。だから水の子たちは、なつかしい先輩のもとへ帰るように、金星をめざす。地球は、まだ、その順番を、静かに待っているだけ。

 雫は、暗闇の中で、そっと、自分の手のひらを見た。見えはしない。でも、わかる。この体も、半分以上水でできている。海の水も、雨のしずくも、涙も、そして、あの水の子たちも──ぜんぶ、同じ水。どこにでもあるもの。一番ありふれたもの。それが、一番大切なもの。

 まるで愛みたいだな、と雫は思った。

 愛も、どこにでもある。ありふれている。だから、つい、見落とす。明るいところでは、見えなくなる。けれど、暗いときにこそ、ぼうっと灯る。──水の子たちと、同じだった。

 そのとき、子どものころの、あの感覚がよみがえってきた。まぶたの裏の、小さな光の散らばり。宇宙は外だけじゃない。わたしの、体内にもある。

 あれは、例えでも、気のせいでもなかったのだ。本当にそうだったのだ。わたしの体をつくる水と、星々を渡っていく水は、同じ水。ならば、この体の中にも、小さな宇宙が、確かに巡っている。物体Cが、脳内シナプスのように見えたのも、きっと偶然じゃない。宇宙と体内は、同じ模様でできている。

 雫の目に、涙が滲んだ。暗闇の中で、その一粒もまた、小さく光った気がした。水の子らと同じように。

 でも──と、雫は、ふと、立ちどまる。

 もし、宇宙に広がっているのが幸運だとしたら。本当の病はどこにある?恐れるべきものは、いったいどこにあるのだろう?

 脳裏に、青い惑星の姿が浮かんだ。──地球。わたしが生まれ育った星。

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