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第七章

神話の層

どれくらい、そうしていただろう。見えてしまった地球の歴史の重たさに、雫の意識は、深い眠りへと沈んでいった。夢か現(うつつ)かも定かではない、そのはざまで、遠い記憶が、次々とよみがえってくる。

 子どものころ、繰り返し読んでもらった、あの物語。竹取物語――かぐや姫。竹の中から生まれた娘は、美しく育ち、多くの人に愛される。けれど、ある満月の夜、月からの使者がやってきて、彼女を連れ帰ってしまう。かぐや姫は、育ての親を、愛した人々を、地球に残したまま、涙をこぼしながら、月へと帰っていった。

 あれは、ただの昔話だと思っていた。でも、と雫は思う。もし、月というものが、本当に、遠い"ふるさと"を持つ場所なのだとしたら。

 ふと、雫の頭に、ぼんやりとした記憶が浮かんだ。誰かに聞いたことがある。「地球は、もともと月だったのではないか」――そんな話。

 本当かどうかは、わからない。確かめようがない。専門家に聞けばば、また違う説を持ち出してくるかもしれない。──でも、と雫は思う。誰かに正解だと決めてもらう必要性が、そもそも、あるのだろうか。

 地球という、今自分たちが生まれ育った星よりも前に、"元の地球"とでも呼ぶべき、もっと古いふるさとがあって。月は、そこから、遠く旅立っていった姿なのかもしれない。あるいは、逆かもしれない。どちらだろうと、雫の胸には、同じ光景が浮かんだ。──遠く離れてしまったものが、それでも、なつかしい場所へ、帰っていく。

 権威のある誰かの答えより、自分の胸に、たしかに響くもの。地球にいたころの雫なら、きっと、前者を選んでいた。でも、今は違う。雫は、目を閉じたまま、小さく笑った。物語の芯にある、あの切なさの方を、信じることにした。

 そういえば、と雫は、もうひとつ、思い出す。日本語の、一週間の呼び名。月、火、水、木、金、土、日。空にある、太陽と月、そして肉眼で見える五つの惑星。大昔の人々は、この光る点たち、それぞれに名前をつけ、その名で暦を数えてきた。科学のなかった時代から、人はずっと、空を巡るものたちと、自分の暮らしを結びつけていたのだ。

 水曜日は、水星の日。金曜日は、金星の日。──雫は、今、まさにその金星をめざす小さな水の子たちを、見送ろうとしている。地球の暦のなかに、はるか昔から、そっと編みこまれていた名前を、宇宙の端っこで、なぞっているような気がした。

 神話は、科学とは違うやり方で、同じ真実に触れているのかもしれない。かぐや姫の物語も、曜日の名前も、誰かが適当に作った作り話ではなく、大昔の人が、空を見上げて、確かに何かを感じとった、その痕跡なのだ。

 雫は、目を開けた。

 眠りから覚めても、その考えは、まだ、胸のなかに残っていた。地球へ帰ったら、伝えたいことが、また、ひとつ増えた。

 そのとき、計器が、静かに音を立てた。

 ずっと遠くにあった、暗く小さな光の点が、少しずつ、輪郭を持ちはじめていた。金星だ。水の子たちが、幾千、幾万と群れをなして、その光の点へ向かって、まっすぐに飛んでいく。まるで、光の川のように。

 雫は、その川を、見つめた。

 これから、どうするか。決めなければならない時が、もうすぐそこまで近づいてきていた。

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