翌週の昼休み、誠は岡本を捕まえた。
「岡本、もう一つ聞いていいか」
「またですか」
岡本はうんざりした顔をしなかった。むしろ、少し楽しそうだった。
「お金って、どこから来るんだ」
「哲学の話ですか」
「違う。事務の話だ。この世に一万円が一つ増えるとき、それはどこから来るんだ」
岡本はおにぎりの包みを置いて、少し考えた。
「じゃあ正確に言いますね。世の中のお金の九割以上は、紙幣じゃなくて、口座の数字です。その数字が増えるのは──」
一拍あった。
「──誰かが、お金を借りたときです」
「銀行が持ってる金を貸すんだろう」
「違うんですよ。そこ、みんなが勘違いしているところで…」
岡本は指でテーブルに図を描いた。
「銀行が誰かに一千万円貸すと決めた瞬間に、その人の口座に一千万って打ち込まれるんです。どこかの金庫から運んでくるわけじゃない。誰かの貯金を持ってくるわけでもない。打ち込んだ瞬間に、一千万円がこの世に生まれる」
「作ってるってことか」
「はい」
「勝手にか」
「勝手に、ではないです。規制もあるし、返せそうにない人には貸しません。でも、金庫の中身を配ってるわけじゃないのは確かです。順番が逆なんですよ。預金を集めて貸すんじゃなくて、貸すと預金ができる」
誠は、しばらく何も言えなかった。
十四年前のことを思い出していた。 家を買ったときのことだ。 銀行のカウンターで、震える手で判を押した。 三千万円。 誠は、どこかの誰かが、汗水流して貯めた金を、頭を下げて借りているのだと思い込んでいた。
違ったのか。
あの三千万円は、誠が判を押した瞬間に、この世に生まれたのだ。
誠自身が、お金を作っていた。 作った本人が、そのことを十四年間知らなかった。
「岡本」
「はい」
「じゃあ、全員が借金を返し終わったら、どうなるんだ」
岡本は口を開きかけて、閉じた。
それから、少し困った顔をした。
「……減ります」
「減る?」
「返すっていうのは、生まれた数字を消すことなので。全部返したら、その分のお金は、この世から消えてなくなります」
誠は、天井を見上げた。
つまり、こういうことになる。
世界にお金があるのは、誰かが借りているからだ。 誰も借りなければ、お金は生まれない。 全員が借金を返済してしまったら、この世からお金が消えてしまう。
誠の通帳の八桁も、どこかの誰かの借金の裏側にぶら下がっている。 誠が汗をかいて積み上げたと思っていたあの数字の正体は、誰かの借金だったのだ。
「じゃあこの国は」誠は言った。 「借金がなくならないと、困るのか」
「困りますね」岡本はおにぎりを口に入れた。 「借金が減るとお金も減るので。だから景気が悪くなると、政府が代わりに借りるんです」
「代わりに」
「誰かが借りないと、お金が生まれないので」