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第九章

縦にすると、揃う

画面の中に、名前が並んでいた。

縦に。

橋 中 神 山 小
本 島 谷 崎 原

その一文字ずつの、右上に。

点が、あった。

濁点が。半濁点が。

そして――縦に並んだ名前の、右の縁に沿って。

点が、一本の線になっていた。

ハヅキは、声が出なかった。

「気づいたか」御門が言った。

「……揃ってる」

「揃う」

御門は、画面を指した。

「濁点も半濁点も、文字の右上につく。決まってるんだ。千年前から」

「はい」

「横書きだと、点は上にバラける。行の上の方に、ぽつぽつと散る」

御門は、横書きの表示に切り替えた。

たしかに、点は散っていた。てんでばらばらに。

「だが縦にすると」

御門は、切り替えた。

点が、一列に並んだ。

「右の縁に、全部並ぶ」

ハヅキは、その線を見つめた。

「……海岸線みたい」

「そう見えるか」

「見えます」

御門は、少し笑った。

「俺には、そう見えた」

御門は、椅子にもたれた。

「三十年、フォントをやってきた。縦書きのために、何万字ぶんの『縦用の形』を作った。誰も気づかない仕事だ」

「……」

「句読点の位置を変える。カギカッコの向きを変える。長音符を回転させる。全部、縦のときだけ必要になる」

御門は、天井を見た。

「保存されない仕事だ。データには残らない。表示されるときだけ、俺の仕事が、そこにある」

ハヅキは、言った。

「虚しくないですか」

「虚しいよ」

御門は、あっさり言った。

「だが、虚しいのと、無いのは、違う」

ハヅキは、その言葉を、噛みしめた。

「御門さん。契約、切られたんですよね」

「切られた」

「なんで揉めたんですか」

御門は、少し間を置いた。

「戸籍のシステムを、横書きだけにするという話が出た」

「え」

「効率だ。当然の判断だと思う」御門は言った。「だが、俺は反対した。三ヶ月止めた」

「なんでそこまで」

「戸籍ってのはな」

御門は、遠くを見た。

縦書きなんだよ。もともと

ハヅキは、何も言えなかった。

「明治から百五十年、戸籍は縦に書かれてきた。右上から、下へ。名前も、続柄も、生年月日も」

御門は言った。

「それを横にするのは、別に構わない。だが――縦だったことを、データが覚えていないのが、俺は嫌だった」

御門は、画面の中の、点の線を指した。

「これだ。縦にしないと、この線は見えない」

「……はい」

「横にした瞬間、線は消える。そして、消えたことも、記録されない」

ハヅキは、その線を見つめ続けた。

一万二千八百四十一人。

縦に並べたら、どれだけ長い線になるのだろう。

「御門さん」

「なんだ」

「一万二千件、全部、縦にできますか」

御門の眉が、上がった。

「……表示できるだけでいいのか」

「はい。表示だけで」

「なら、できる」

御門は、キーに手を置いた。

「どのくらいの長さになると思う」

「わかりません」

「計算した」御門は言った。「文字サイズを十ポイントにして、一列に並べると」

御門は、数字を出した。

四十二メートル

ハヅキは、口を開けた。

「四十二メートル!?」

「点の線が、四十二メートル続く」

ハヅキは、立ち上がった。

「それ、見たいです」

「見せてやる」御門は言った。「だが、それだけじゃ勝てないぞ」

「わかってます」

ハヅキは、拳を握った。

「あと一個、要るんです。決め手が」

そのとき。

床で寝ていたベンが、突然、はね起きた。

「わかったァーーーッ!!」

ハヅキと御門が、飛び上がった。

「うるさい!」

「寝言ですか!?」

「違います! 起きてます! 今、夢の中でわかったんです!」

ベンは、床を這って、ホワイトボードに向かった。

そして、書いた。

かきくけこ  がぎぐげご さしすせそ  ざじずぜぞ たちつてと  だぢづでど はひふへほ  ばびぶべぼ  ぱぴぷぺぽ

「濁点がつく行は、四つしかありません」

ベンは、ペンの尻でボードを叩いた。

「か行、さ行、た行、は行。それだけです」

「はい」

「で」

ベンは、いちばん下の行を、横に囲んだ。

一行だけ、はみ出してるでしょう

ハヅキは、そのボードを見た。

三行は、途中で終わっていた。

一行だけが、右へ続いていた。

ぱぴぷぺぽ。

「……本当だ」

「日本語の五十音で、三つの状態を持つ行は、は行だけです」

ベンは、振り返った。

目が、血走っていた。

そのとき、ハヅキの中で、何かが跳ねた。

彼女は、鞄からメモを引っ張り出した。

三日前に、甲賀の画面から書き写した三行だった。

オ + ハ +   + ラ オ + ハ + ゛ + ラ オ + ハ + ゜ + ラ

ハヅキは、それをボードの横に貼った。

そして、二つを、交互に見た。

無。゛。゜。

は。ば。ぱ。

「……同じだ」

「え?」

「同じですよ、これ」ハヅキは言った。「小原志乃さんの三行と、は行と、同じ形してる

ベンが、ボードとメモを見比べた。

「……あ」

「あの人が三人いるんじゃない。は行が三つあるだけだったんだ」

ベンは、口を押さえた。

「そして、その三つ目の名前を、知ってますか」

ハヅキは、首を振った。

ベンは、ボードに書いた。

半濁音

「半分です」ベンは言った。「濁ってるとも、清んでるとも、決められなかったから、半分って名前がついたんです」

ハヅキの、背中に、電気が走った。

「決められなかったから」

「そうです」

ベンは、ペンを置いた。

「千年前の日本人も、決められなかった。だから『半』って書いた。そして、その決められないものを、正式な文字として、五十音表に入れた

ハヅキは、両手で、口を覆った。

そして、ゆっくりと言った。

「……これだ」

「え」

「これだ!!」

ハヅキは、叫んだ。

「これですよ! 理屈は! これです!」

「え、え、なんですか!」

「日本語は、千年前から、三つ目の状態を持ってる!」

ハヅキは、ホワイトボードを、両手で叩いた。

「決められないものを、決められないまま、正式に置く場所を、日本語はもともと持ってたんですよ!」

御門が、ゆっくりと立ち上がった。

「……なるほどな」

「私たちがやろうとしてるのは、新しいことじゃない! 元に戻すだけです!」

ハヅキは、時計を見た。

朝の四時だった。

「甲賀さんに、電話します」

「四時ですよ!?」

「起きてますよ、あの人」

ハヅキは、携帯を耳に当てた。

三コールで、出た。

「……甲賀です」

「橘です。起きてました?」

「起きてたわ」

「なんでですか」

「あなたが電話してくると思ってたから」

ハヅキは、笑った。

「甲賀さん」

「なに」

会議、開いてください

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