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第十三章

〇と、・

三日後。

回答は、来なかった。

一週間後。

まだ、来なかった。

その間、自動統合エンジンは止まったままだった。甲賀が、自分の首を賭けて延長していた。

「甲賀さん、大丈夫ですか」

「大丈夫じゃない」甲賀は言った。「来週には決着つけないと、私が消える」

「私も一緒に消えます」

「派遣が一緒に消えてどうするの」

十日目の夜。

ハヅキは、御門の仕事場にいた。

四十二メートルの表示を、見に来ていた。

「本当に、四十二メートル出るんですか」

「出る」御門は言った。「ただし、この部屋は五メートルしかない」

「じゃあ」

「巻いた」

御門は、画面を出した。

一万二千八百四十一の名前が、縦に並んで、渦を巻いていた。

その右の縁に沿って、点が。

濁点が。半濁点が。

一本の、長い、細い線になって。

渦の中心に向かって、吸い込まれていた。

ハヅキは、その渦を、長いこと見ていた。

「……きれい」

「そうか」

「御門さん、これ、保存できますか」

「できない」御門は言った。「表示のときだけだ」

「じゃあ、私が見てるこの一分間だけ、これは存在してるんですか」

「そうだ」

ハヅキは、頷いた。

「じゃあ、ちゃんと見ときます」

二人は、しばらく黙って、渦を見ていた。

「御門さん」

「なんだ」

「一つ、変なこと言っていいですか」

「言え」

ハヅキは、九十九の活字を、ポケットから出した。

丸が一つ、彫られた金属。

「これ、ずっと持ってるんですけど」

「半濁点か」

「はい」

ハヅキは、その丸を、指でなぞった。

「私、ずっと考えてて」

「なにを」

「コンピュータって、零と一じゃないですか」

「そうだな」

「零って、丸ですよね」

「〇だな」

ハヅキは、机の上に、指で〇を描いた。

「で、一って、棒じゃないですか」

「|だ」

ハヅキは、〇の真ん中に、縦に線を引いた。

「これ、やると」

御門が、机を見た。

「丸が、割れる」

「割れるんです」ハヅキは言った。「半分と、半分に。あるいは、三割と七割に」

「そうだな」

「割れると、どっちが正しいかの話になるんですよ」

ハヅキは、言った。

「右が正しいか、左が正しいか。上か下か。善か悪か。神か悪魔か。天使かデーモンか」

御門は、黙っていた。

「人類、ずっとこれやってません?」

「やってるな」

「で、私、思ったんですけど」

ハヅキは、机の〇を、指で消した。

もう一度、〇を描いた。

そして、その中に、点を一つ、打った。

「これだと、割れないんです」

御門が、身を乗り出した。

「点が、丸の中にいる」

「そうです」ハヅキは言った。「点が私だとしたら、私は丸の中にいるんです。丸の外じゃない」

ハヅキは、指を止めた。

「丸と、点は、対立してないんですよ。点は、丸の一部なんです」

部屋が、静かになった。

「濁点も、半濁点も」ハヅキは言った。「文字の外にあるんじゃない。文字の一部です。は、の右上にいるんです」

御門は、しばらく何も言わなかった。

それから、立ち上がって、活字の棚に行った。

一つ、取ってきた。

机に置いた。

「見ろ」

ハヅキは、覗き込んだ。

「ぱ」の活字だった。

「金属活字の時代、『ぱ』は一つの活字だった。は と ゜ を別々に組むんじゃない。最初から、一つの塊だ」

御門は言った。

「分けられなかった。金属だからな」

ハヅキは、その活字を見つめた。

「……分けられなかった」

「そうだ」

御門は、椅子に戻った。

「分けられるようになったのは、データになってからだ。データは、何でも分解できる」

ハヅキは、二つの活字を並べた。

「゜」だけの活字と、「ぱ」の活字。

九十九の父が「余りもの」と呼んだ丸と、分けられない塊。

「御門さん」

「なんだ」

「私、明日、もう一回、資料作ります」

「まだやるのか」

「最後に、一枚だけ足したいんです」

ハヅキは、二つの活字を、両手に握った。

分けられるからといって、分けなきゃいけないわけじゃないっていう一枚を」

御門は、初めて、はっきりと笑った。

「いい一枚だ」

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