三日後。
回答は、来なかった。
一週間後。
まだ、来なかった。
その間、自動統合エンジンは止まったままだった。甲賀が、自分の首を賭けて延長していた。
「甲賀さん、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃない」甲賀は言った。「来週には決着つけないと、私が消える」
「私も一緒に消えます」
「派遣が一緒に消えてどうするの」
十日目の夜。
ハヅキは、御門の仕事場にいた。
四十二メートルの表示を、見に来ていた。
「本当に、四十二メートル出るんですか」
「出る」御門は言った。「ただし、この部屋は五メートルしかない」
「じゃあ」
「巻いた」
御門は、画面を出した。
一万二千八百四十一の名前が、縦に並んで、渦を巻いていた。
その右の縁に沿って、点が。
濁点が。半濁点が。
一本の、長い、細い線になって。
渦の中心に向かって、吸い込まれていた。
ハヅキは、その渦を、長いこと見ていた。
「……きれい」
「そうか」
「御門さん、これ、保存できますか」
「できない」御門は言った。「表示のときだけだ」
「じゃあ、私が見てるこの一分間だけ、これは存在してるんですか」
「そうだ」
ハヅキは、頷いた。
「じゃあ、ちゃんと見ときます」
二人は、しばらく黙って、渦を見ていた。
「御門さん」
「なんだ」
「一つ、変なこと言っていいですか」
「言え」
ハヅキは、九十九の活字を、ポケットから出した。
丸が一つ、彫られた金属。
「これ、ずっと持ってるんですけど」
「半濁点か」
「はい」
ハヅキは、その丸を、指でなぞった。
「私、ずっと考えてて」
「なにを」
「コンピュータって、零と一じゃないですか」
「そうだな」
「零って、丸ですよね」
「〇だな」
ハヅキは、机の上に、指で〇を描いた。
「で、一って、棒じゃないですか」
「|だ」
ハヅキは、〇の真ん中に、縦に線を引いた。
「これ、やると」
御門が、机を見た。
「丸が、割れる」
「割れるんです」ハヅキは言った。「半分と、半分に。あるいは、三割と七割に」
「そうだな」
「割れると、どっちが正しいかの話になるんですよ」
ハヅキは、言った。
「右が正しいか、左が正しいか。上か下か。善か悪か。神か悪魔か。天使かデーモンか」
御門は、黙っていた。
「人類、ずっとこれやってません?」
「やってるな」
「で、私、思ったんですけど」
ハヅキは、机の〇を、指で消した。
もう一度、〇を描いた。
そして、その中に、点を一つ、打った。
「これだと、割れないんです」
御門が、身を乗り出した。
「点が、丸の中にいる」
「そうです」ハヅキは言った。「点が私だとしたら、私は丸の中にいるんです。丸の外じゃない」
ハヅキは、指を止めた。
「丸と、点は、対立してないんですよ。点は、丸の一部なんです」
部屋が、静かになった。
「濁点も、半濁点も」ハヅキは言った。「文字の外にあるんじゃない。文字の一部です。は、の右上にいるんです」
御門は、しばらく何も言わなかった。
それから、立ち上がって、活字の棚に行った。
一つ、取ってきた。
机に置いた。
「見ろ」
ハヅキは、覗き込んだ。
「ぱ」の活字だった。
「金属活字の時代、『ぱ』は一つの活字だった。は と ゜ を別々に組むんじゃない。最初から、一つの塊だ」
御門は言った。
「分けられなかった。金属だからな」
ハヅキは、その活字を見つめた。
「……分けられなかった」
「そうだ」
御門は、椅子に戻った。
「分けられるようになったのは、データになってからだ。データは、何でも分解できる」
ハヅキは、二つの活字を並べた。
「゜」だけの活字と、「ぱ」の活字。
九十九の父が「余りもの」と呼んだ丸と、分けられない塊。
「御門さん」
「なんだ」
「私、明日、もう一回、資料作ります」
「まだやるのか」
「最後に、一枚だけ足したいんです」
ハヅキは、二つの活字を、両手に握った。
「分けられるからといって、分けなきゃいけないわけじゃないっていう一枚を」
御門は、初めて、はっきりと笑った。
「いい一枚だ」