回答が来たのは、十四日目の朝だった。
甲賀が、フロアに入ってきて、立ち止まった。
全員が、その顔を見た。
甲賀は、無表情だった。
「橘さん」
「……はい」
「来なさい」
会議室に入って、ドアが閉まった。
ハヅキの心臓が、うるさかった。
甲賀は、椅子に座った。そして、書類を机に置いた。
ハヅキは、それを見た。
戸籍フリガナ整備事業 仕様変更通知
ハヅキは、震える手で、めくった。
第3状態「複数読み」の実装について
その先が、読めなかった。目が、滑った。
「橘さん」
「はい」
「読める?」
「読めません」
「じゃあ言う」
甲賀は、言った。
「通った」
ハヅキは、椅子から、ずり落ちた。
床に、しゃがみこんだ。
「橘さん?」
「……すみません、ちょっと」
「泣いてる?」
「泣いてません」
「泣いてるじゃない」
「泣いてません」
ハヅキは、床で、泣いた。
甲賀は、何も言わずに、待った。
しばらくして、ハヅキが、顔を上げた。
「……全部ですか?」
「全部じゃない」甲賀は言った。「条件がある」
「なんですか」
「三つ」
甲賀は、指を三本立てた。
「一つ。複数読みで確定できるのは、根拠がある場合のみ。本人の申告、公的記録の複数存在、いずれかが必要」
「はい」
「二つ。上限は二読みまで」
ハヅキの顔が、曇った。
「三つ、はダメですか」
「ダメ」甲賀は言った。「事務処理の限界だそうよ」
ハヅキは、うつむいた。
「……小原志乃さんは」
甲賀は、少し黙った。
「オハラと、オバラで確定。オパラは、統計外の注記になる」
「消えるんですか」
「消えない」甲賀は言った。「注記として残る。ただし、正式な読みとしては扱われない」
ハヅキは、拳を握った。
「……半分ですね」
「半分ね」
「悔しいです」
「悔しいわね」
甲賀は、三本目の指を折った。
「三つ目の条件。運用を提案した人間が、最初の三年、責任者をやること」
ハヅキは、顔を上げた。
「え」
「あなたよ」
「私、派遣ですけど」
「だから」
甲賀は、二枚目の書類を出した。
雇用契約書だった。
ハヅキは、それを見た。
「……甲賀さん」
「なに」
「これ」
「読んで」
ハヅキは、読んだ。
氏名欄に、こう書いてあった。
橘 葉月(たちばな はづき/たちばな はずき)
括弧の中に、二つ、並んでいた。
ハヅキは、その二行を、長いこと見ていた。
「……両方、書いてある」
「書いた」
「いいんですか、これ」
「良くはない」甲賀は言った。「事務が嫌がった」
「じゃあ」
「押し通した」
甲賀は、ペンを差し出した。
「私、こういうの得意なの」
ハヅキは、ペンを受け取った。
そして、名前を書いた。
橘 葉月
漢字だけ、書いた。
読みは、書かなかった。
「橘さん。フリガナ欄」
「空けときます」
「なんで」
ハヅキは、顔を上げた。
そして、笑った。
「呼ぶ人に、任せます」