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第二章

縦に読め

「縦に読め、って何ですか」

ハヅキは画面を睨んだ。

甲賀は腕を組んで、同じ画面を見ていた。

「不正アクセスね。通報するわ」

「待ってください。この人、名前を名乗ってます」

「不正アクセスして名乗る人がいる?」

「いるじゃないですか、目の前に」

甲賀は少し黙った。

「……御門十郎。聞いたことある名前ね」

「知ってるんですか」

「うちの前のフェーズで、フォント関係の外注に入ってた人。契約は半年で切れてる」

「切られたんですか」

「揉めたのよ」甲賀は珍しく、言葉を選んだ。「彼、縦書き対応にこだわって、スケジュールを三ヶ月遅らせた」

「フォントで三ヶ月?」

「本人に聞きなさい」甲賀は住所をメモに書いた。「私は行かない。あなたが行って」

「え、いいんですか」

「良くはないけど」甲賀はメモを渡した。「二万件を放置するほうが良くない」

御門十郎の仕事場は、神保町の古いビルの四階にあった。

エレベーターがなかった。ハヅキは階段を上がりながら、パンを食べた。

ドアには何も書いていなかった。

ノックすると、中から声がした。

「開いてる」

開けて、ハヅキは息を呑んだ。

部屋中に、金属の塊が並んでいた。

小さな四角い金属が、木の棚に、何万個と。

「……これ、何ですか」

「活字」

奥から男が出てきた。四十代半ば。作業着。目の下に、生涯抜けないであろうクマがあった。

「昔の印刷は、これで組んでた。一文字ずつ、金属を並べて」

「重そう」

「重い」御門は活字を一つつまんで、ハヅキに渡した。「持ってみろ」

小指の先ほどの金属だった。ずしりと重かった。

裏返すと、「あ」の字が、逆さまに彫ってあった。

「文字って、こんなに重かったんだ」

「今は軽いだろ。データだから」

御門は椅子に座った。

「橘ハヅキ。名寄せの担当だな」

「なんで名前を」

「島に入ってるから」

ハヅキは、活字を握ったまま立ち尽くした。

「島を、見てるんですか」

「見てる」

「不正アクセスですよ」

「そうだな」

あっさり認めた。

「じゃあ、通報しますけど」

「その前に一つ、見せたいものがある」御門は端末を開いた。「五分でいい」

画面に、一行の文章が出た。

橘葉月

「これ、私です」

「そう。横書きで表示されてる」

御門はキーを一つ押した。

文字が、縦に並び替わった。

「……縦になりましたね」

「今、何が起きたと思う」

「回転した?」

「違う」

御門は別のウィンドウを開いた。文字化けのような記号が並んでいた。

「これが、さっきの文字列の中身だ。データそのもの。ここに縦書きの情報は、一文字も入ってない」

ハヅキは画面を覗き込んだ。

「え。じゃあ、さっきの縦書きは」

「フォントが、その場で作った」御門は言った。「表示するときだけ、フォントが『縦用の形』に置き換えてる。保存すれば消える。データには残らない」

部屋が、静かになった。

「……縦書きって」ハヅキは言った。「データに、存在しないんですか」

「存在しない」

「じゃあ、日本の縦書きの本って、全部」

「全部、表示のときだけ立ち上がってる。閉じれば横に戻る」

御門はコップの水を飲んだ。

「俺は、それを立ち上げる仕事をしてる。保存されないものを、その都度、立ち上げる」

ハヅキは、自分が持っている活字を見た。

重かった。ずしりと重かった。この重さは、保存されていた。金属だったから。

「なんで、この話を私に」

御門は端末を回して、ハヅキに向けた。

そこに、小原志乃の三行が並んでいた。

オハラ。オバラ。オパラ。

「三人目に、気づいたのはあんたが初めてじゃない」御門は言った。「気づいた人間は、これまでに十一人いる」

「十一人」

「全員、島の中にいる」

ハヅキの背中を、冷たいものが走った。

「気づいた人が、島に入ってるってことですか」

「そうだ」

「なんで」

御門は、ゆっくりと言った。

「気づいた人間は、必ず、判定を保留にするからだ」

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