水曜。
昼休みの前に、事件があった。
蓮の部下の一人が、取引先に納期の連絡を忘れていた。取引先から苦情の電話が来た。
蓮は電話を代わり、頭を下げ、その後、部下を会議室に呼んで注意した。
強い口調になった。自分でもわかっていた。止められなかった。
会議室を出たあと、蓮はしばらく廊下で動けなかった。
疲れた。怒ったあとは、いつもそうだ。仕事をした後より疲れる。
昼休み。
蓮は社食で、いつもより勢いよく缶コーヒーを開けた。
涼子が来た。
「疲れてるね」
「さっき、部下を叱りました」
「ふ~ん」
「必要なことでした。でも、疲れました」
涼子は麦茶を一口飲んだ。
「高橋くん、昨日の話、覚えてる?」
「エアコンの話ですか」
「そう。世の中には、二種類の人がいる」
蓮は缶コーヒーを持った手を止めた。
「熱を、運ぶ人と作る人」
「運ぶのと作るのは、違うんですか」
「全然違う」と涼子は言った。「運ぶのは、既にある熱を、動かすだけ。作るのは、ゼロから作り出すこと」
蓮は黙って聞いた。
「怒るのって、ゼロから熱を作ることなんだよ。何もないところに、感情を起こして、声を大きくして、相手にぶつける。全部、自分で作ってる」
「涼子さんは、怒らないんですか」
「怒るよ。でも、しょっちゅうじゃない」
「どう違うんですか、俺と」
涼子は少し考えてから言った。
「高橋くんは多分、いつも作ってる。何か起きるたびに、ゼロから熱を起こして、ぶつけてる。それ、冬の暖房と同じだよ。外がどんなに寒くても、部屋の中を無理やり24度まで温めようとしてる」
「それって、何か、問題あるんですか?」
「問題はない。必要な時もある。でも…」
涼子は蓮を見た。
「電気代、高いよね」
蓮は何も言えなかった。