木曜。
蓮は珍しく、缶コーヒーではなく、水を買った。冷たい水。
社食で涼子の向かいに座った。
「今日は違うんだ」
「なんとなく」
涼子は麦茶を飲んだ。いつも通り。
「涼子さんは、朝、何かやってたりするんですか。いつも冷静だから…」
涼子は少し間を置いた。
「座禅、やってる。毎朝、15分」
「座禅って、じっと我慢することですよね」
「全然違う」
涼子はきっぱり言った。
「我慢は、熱を作っておいて、蓋をすること。座禅は、そもそも作らない練習」
蓮は考えた。
「作らないって、感じないってことですか」
「感じるよ。ちゃんと感じる。でも、感じたことに、すぐ薪をくべない」
「薪?」
「怒りって、最初の一瞬は、ただの火花なの。すごく小さな。そこに、自分で薪をくべ続けるから、大きな火になる。座禅は、薪をくべる手を、止めるための練習」
蓮は水を飲んだ。冷たかった。
「涼子さんの前の仕事、何だったんですか。なんでそんなに詳しいんですか?熱のこと」
涼子は少し笑った。
「エアコンメーカーにいた。設計部門」
「本当に、その道の人だったんですね」
「5年間、COPの数字とずっと向き合ってた」
「COP?」
「1の電気で、何倍の熱を運べるか、っていう数字。今はAPFって言うけどね」
「涼子さんの中の、COPは高いんですね」
涼子は珍しく、少し照れたように笑った。
「そんな風に言われたの、初めて」