館山側の担当者は、戸倉という二十八歳の研究員だった。
電話をかけると、五秒で怒り出した。
「うちが間違ってるって言いたいんですか」
「言ってません」
「向こうがおかしいんですよ。あの人、七十過ぎてるんです。目が悪いんですよ」
「実際に見たんですか、その人を」
「会ったことないですけど」
「じゃあ、なんで目が悪いって知ってるんですか」
戸倉が、黙った。
「……七十過ぎたら、普通、悪いでしょう」
「私の祖母、八十四ですけど、私より目がいいです」
「……あなた、誰の味方なんですか」
「まだ決めてません」
ミサキは、電話を切った。
そして、机の上の二枚の紙を、もう一度見た。
ダニーデン側の記録の右下に、署名があった。
梶 昭三
日本人の名前だった。
その夜、ミサキは会社に残って、古い名簿を漁った。
国際共同観測は、四十年前から続いていた。過去の参加者の一覧が、キャビネットの奥にあった。
紙は黄ばんでいて、埃で指が黒くなった。
ミサキは、一九六〇年代の名簿を開いた。
そして、指が止まった。
梶 昭三 (館山観測所)
「……館山にいたんだ、この人」
ミサキは、その先を追った。
一九六六年。一九六七年。
そして、一九六八年で、名前が消えていた。
その代わり、翌年の名簿の、別の場所に現れた。
梶 昭三 (ダニーデン観測所)
ミサキは、名簿を閉じた。
「四十年前に、館山からダニーデンに移ってる」
なぜ。
ミサキは、時計を見た。夜の十一時だった。
ニュージーランドとの時差は、三時間。向こうは午前二時。
ミサキは、ファックスの前に立った。
そして、手書きで書いた。
梶昭三様
突然の連絡、失礼します。
日本で、今回の照合作業をしております、甲賀ミサキと申します。
一つだけ、質問させてください。
あなたは一九六八年に、なぜ館山を出られたのですか。
甲賀
送信ボタンを押してから、ミサキは思った。
これ、めちゃくちゃ失礼だな。
翌朝、返事が来ていた。
ファックス用紙が、床まで垂れていた。
長かった。