「振り子?」
「フーコーの振り子です」戸倉は言った。「天井から重りを吊るして、揺らすんです。それだけ」
「それだけ?」
「それだけ。でも、何時間か見てると、揺れる向きが、少しずつ回っていく」
「回る」
「回ります。振り子は同じ向きに揺れてるのに、地面のほうが回ってるから、回ってるように見える」
ミサキは、机に肘をついた。
「……それも、南北で逆ですか」
「逆です」戸倉は言った。「北半球では時計回り、南半球では反時計回り」
「じゃあ」
「じゃあ、今回のデータは、正しい」
「正しいですね」
「正しいです」
沈黙が、あった。
「戸倉さん」
「はい」
「なんで気づかなかったんですか」
「……あなたも気づいてなかったでしょう」
「私、文系です」
「ずるい」
戸倉は、笑った。初めて笑った。
「たぶん」戸倉は言った。「僕、最初から向こうが間違ってると思ってたんです。だから、確かめなかった」
「なんで、そう思ったんですか」
「向こうが年寄りだから」
「それだけ?」
「それだけです」戸倉は言った。「情けない話ですけど」
ミサキは、受話器を持ち替えた。
「戸倉さん。もう一つ、いいですか」
「なんですか」
「洗面台の水って、北半球と南半球で、渦の向き逆になりますよね」
「なりません」
「え」
「あれ、嘘です」戸倉は、はっきり言った。「有名な誤解ですけど、洗面台くらいの大きさだと、コリオリの力は効きません。効くのは台風みたいな、何百キロもある渦だけです」
ミサキは、口を開けた。
「じゃあ、洗面台の渦は」
「排水口の形と、水の入れ方で決まります。同じ洗面台でも、日によって逆になります」
「……みんな信じてますよね、あれ」
「信じてますね」戸倉は言った。「南半球に旅行に行って、わざわざ洗面台を見て、『本当に逆だった!』って言う人、たくさんいます」
「本当は」
「たまたまです。逆に見えるように、見てるだけです」
ミサキは、メモを取った。
本当に逆になるもの ―― 振り子、台風 逆になると思い込んでいるもの ―― 洗面台
そして、その二行の下に、書いた。
人は、逆になっていてほしいと思うと、逆に見える