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第五章

フーコーの振り子

「振り子?」

「フーコーの振り子です」戸倉は言った。「天井から重りを吊るして、揺らすんです。それだけ」

「それだけ?」

「それだけ。でも、何時間か見てると、揺れる向きが、少しずつ回っていく」

「回る」

「回ります。振り子は同じ向きに揺れてるのに、地面のほうが回ってるから、回ってるように見える」

ミサキは、机に肘をついた。

「……それも、南北で逆ですか」

「逆です」戸倉は言った。「北半球では時計回り、南半球では反時計回り」

「じゃあ」

「じゃあ、今回のデータは、正しい」

「正しいですね」

「正しいです」

沈黙が、あった。

「戸倉さん」

「はい」

「なんで気づかなかったんですか」

「……あなたも気づいてなかったでしょう」

「私、文系です」

「ずるい」

戸倉は、笑った。初めて笑った。

「たぶん」戸倉は言った。「僕、最初から向こうが間違ってると思ってたんです。だから、確かめなかった」

「なんで、そう思ったんですか」

「向こうが年寄りだから」

「それだけ?」

「それだけです」戸倉は言った。「情けない話ですけど」

ミサキは、受話器を持ち替えた。

「戸倉さん。もう一つ、いいですか」

「なんですか」

「洗面台の水って、北半球と南半球で、渦の向き逆になりますよね」

「なりません」

「え」

「あれ、嘘です」戸倉は、はっきり言った。「有名な誤解ですけど、洗面台くらいの大きさだと、コリオリの力は効きません。効くのは台風みたいな、何百キロもある渦だけです」

ミサキは、口を開けた。

「じゃあ、洗面台の渦は」

「排水口の形と、水の入れ方で決まります。同じ洗面台でも、日によって逆になります」

「……みんな信じてますよね、あれ」

「信じてますね」戸倉は言った。「南半球に旅行に行って、わざわざ洗面台を見て、『本当に逆だった!』って言う人、たくさんいます」

「本当は」

「たまたまです。逆に見えるように、見てるだけです」

ミサキは、メモを取った。

本当に逆になるもの ―― 振り子、台風 逆になると思い込んでいるもの ―― 洗面台

そして、その二行の下に、書いた。

人は、逆になっていてほしいと思うと、逆に見える

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