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第九章

自由という言葉

パリ、1760年代

セリーヌは、男たちの言葉を聞く女だった。

サロンに集まる哲学者たち、思想家たち、詩人たち。 彼らはよく喋った。 自由について。平等について。人民の意志について。 言葉が部屋を満たし、燭台の炎が揺れ、ワインが空になった。

セリーヌはその隅で、静かに座っていた。

聞くことが、セリーヌの役割だった。 相槌を打つこと。微笑むこと。必要なときにワインを注ぐこと。意見を言わないこと。 言っても、聞かれないこと。

ジャン=ジャック・ルソーが来る夜は、部屋の空気が変わった。

小柄で、神経質そうで、でも言葉だけが巨大な男だった。 彼が話し始めると、他の男たちが黙った。 社会契約。一般意志。 人間は生まれながらに自由だが、至るところで鎖につながれている——。

セリーヌはその言葉を聞きながら、いつも同じことを思った。

では、わたしの鎖は。


ある夜、ルソーが帰り際にセリーヌに話しかけた。珍しいことだった。

「あなたはいつも聞いている」と彼は言った。 「何を考えているのですか」

セリーヌは驚いた。聞かれたことがなかったから。

少し間を置いて、答えた。 「自由について考えています」

「どんな自由を」

「選ぶ自由を」とセリーヌは言った。 「誰を愛するか。どこにいるか。何を話すか。それを自分で決める自由を」

ルソーはセリーヌを見た。長い沈黙があった。

「それは革命が終わった後に来る」と彼はようやく言った。

「革命の前には来ないのですか」

ルソーは答えなかった。 外套を羽織って、夜の中へ消えた。

セリーヌはその背中を見送りながら、思った。 革命が終わった後、と彼は言った。 でも革命は、いつ終わるのか。 終わった後に、わたしはまだここにいるのか。

答えは、来なかった。


セリーヌの人生は、誰かに選ばれることで動いていた。

父に選ばれた家で生まれ、夫に選ばれて嫁ぎ、夫が死んでサロンの主人に選ばれてここにいる。 選んだことは、一度もなかった。選ばれ続けた。それが当然だと思っていた。 疑ったことがなかった——ルソーに聞かれるまでは。

選ぶ自由を、と自分で言った言葉が、その夜から耳の中に残った。

残って、消えなかった。

フランス革命が起きたのは、セリーヌが死んだ後のことだった。 彼女はその自由を見ることはできなかった。 見ることなく、選ばれ続けたまま、老いた。

だが言葉は残った。言葉だけが、次の魂へ渡った。


行政書士試験まで、あと二週間だった。

麻衣は図書館の自習室でテキストを開きながら、ふと手を止めた。

行政法の条文の中に、「選択」という言葉があった。 申請者が選択できる、と書いてあった。 ただの法律用語だ。でもその二文字を見た瞬間、麻衣の胸の中で何かが鳴った。

選択。

セリーヌは選べなかった。革命の前に死んだ。 ネフェルウは語れなかった。言葉が足りないまま死んだ。 マドレーヌは見なかった。帳簿の数字だけを見て生きた。

そして麻衣は——行政書士になろうとしている。

人の申請を助ける仕事。書類を正しく整える仕事。 誰かが何かを選ぶとき、その選択を形にする仕事。

麻衣はテキストを閉じた。 窓の外を見た。十一月の空は低く、灰色だった。

セリーヌが「選ぶ自由を」と言った言葉が、三百年かけて、ここまで来た。

麻衣の仕事は、その自由を書類にすることかもしれない。 誰かが選ぶとき、その選択が正しく世界に届くように、整えること。

大げさかもしれない、と思った。でも大げさでもいい、とも思った。

テキストをまた開いた。条文を読んだ。今度は、入ってきた。


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