東京、翌春
合格通知が来たのは、一月の終わりだった。
封筒を開けながら、麻衣は市役所の蛍光灯の白い光を思い出した。 あの日、戸籍に「男」と書かれていた自分。 三人の職員に謝られた自分。 怒らなかった自分。 人は間違える、と思った自分。
あの日から、この春まで。ずいぶん遠くへ来た気がした。 でも振り返ると、一本の線でつながっていた。
颯太にメッセージを送った。
受かった
颯太からすぐ返事が来た。
知ってた
麻衣は笑った。 一人の部屋で、声に出して笑った。
春になって、麻衣は事務所を開いた。小さな事務所だった。 駅から少し歩く雑居ビルの二階。 窓から桜の木が見えた。
最初の依頼人は、六十代の女性だった。 離婚の書類を整えたい、と言った。 三十年の結婚だった。理由は長く、複雑だった。 でも最後にその女性は言った。 「自分で決めたんです」と。静かな、確かな声で。
麻衣はその言葉を聞いて、ペンを走らせた。
申請者の意思に基づき——。
ある午後、事務所に一人の男が来た。
白髪で、背が高く、年齢のわからない顔をしていた。
「田辺さん」と彼は言った。
「はい」と麻衣は言った。 驚かなかった。来ると思っていた。 いつか来ると、知っていた。
男は椅子に座った。 依頼の内容を話し始めた。 ごく普通の、在留資格の申請だった。 麻衣はメモを取りながら、ふと顔を上げた。
「サン・ジェルマンさん」
「はい」
「長い間、見ていてくれたんですね」
男は少し間を置いた。 それから、静かに言った。 「見ていただけです。あなたが動いたのです」
麻衣はメモに戻った。 在留資格。申請理由。必要書類。
仕事をした。