パリ、1900年秋
その夜、迷い込んできた少年は、濡れていた。
十月の雨だった。 外套も帽子も持っていない。 スペイン訛りのフランス語で、何かを言おうとして、でも言葉が出てこなかった。 十九か二十か、そのくらいの年齢だった。 目だけが、異様に鋭かった。 黒い、深い目。 まるで見るために生まれてきたような目。
「入りなさい」とマドレーヌは言った。
客として、ではなかった。 雨宿りとして、だ。 そういう判断を、マドレーヌは瞬時にした。 この少年は客ではない。金もない。でも追い出す気にもなれなかった。
少年はタオルを受け取って、髪を拭いた。 それからサロンを見渡した。 ロートレックが見るような目ではなかった。 マティスが見るような目でもなかった。 もっと貪欲な、すべてを飲み込もうとするような目だった。
女たちを見た。カーテンを見た。シャンデリアを見た。帳簿を持つマドレーヌを見た。
「絵を描く」と少年はスペイン語で言った。 フランス語ではなく、母語で。 追い詰められると母語が出る。 マドレーヌにはその言葉の意味がわかった。 なぜかはわからなかった。
「知っている」とマドレーヌは答えた。 「あなたはそういう人だ」
少年はそう答えた。
パブロ、と少年は名乗った。
その夜パブロは、サロンの隅でワインを一杯だけ飲んで、女たちを見ていた。 描かなかった。 手帳も鉛筆も持っていなかった。 でも目だけで、何かを写し取っていた。 その目が向くたびに、女たちは少し居心地が悪そうにした。 値踏みではない。 でも、透かして見られているような——服の下の骨まで見られているような——そういう目だった。
マドレーヌは帳簿をつけながら、ときどきパブロを見た。
ロートレックは女たちの今を描いた。マティスは女たちがいた空気を描いた。
ではこの少年は何を描くのだろう、とマドレーヌは思った。
答えはずっと後になってわかった——パブロは女たちの孤独を描いた。 貧しさを、老いを、社会の端に追いやられた者たちの青い影を描いた。 娼婦として描かなかった。 ただの人間として、描いた。
でもその夜のマドレーヌには、まだそれがわからなかった。
帰り際、パブロはマドレーヌに言った。
「あなたは何を描きますか」
マドレーヌは少し間を置いた。
「わたしは描かない」
「では何をしますか」
「管理する」
パブロはマドレーヌを、しばらく見た。 あの透かして見る目で。 マドレーヌは初めて、その目から逃げなかった。 逃げずに、見返した。
「もったいない」とパブロは言った。 判断でも批判でもなく、ただそう思ったから言った、という言い方で。
マドレーヌは答えなかった。
でもその夜、帳簿を閉じた後、マドレーヌは初めて女たちの名前を、一人ずつ、声に出して読んだ。 エロイーズ。クレマンティーヌ。マリー。ソフィー。アデル。 名前だけを、ただ読んだ。 顔を思い浮かべながら。
誰にも聞かせるためではなかった。 ただそうしなければならない気がした。
パブロが来た夜だけに起きた、小さなことだった。
でもマドレーヌの魂の中で、何かが——ナイルの氾濫の後の黒い土のように——静かに積もり始めていた。
現代の麻衣は、ピカソの画集を図書館で借りた。
青の時代の絵を見た。 盲人。貧者。孤独な老人。 そして娼婦たち——娼婦として描かれていない、ただの人間として描かれた女たち。
この絵の中に、マドレーヌはいるだろうか。
名前のない温度として、どこかの青い影の中に。
麻衣にはわからなかった。 でも画集を閉じるとき、鞄の中の名刺が、少しだけ熱を持っているような気がした。
Choisir.
選ぶ。
マドレーヌは選ばなかった。 ネフェルウは語らなかった。
麻衣は——まだ、これからだ。