「今は、いつなのか」と仁徳天皇は聞いた。
「2026年です」と颯太は言った。 声が、少しかすれた。 「あなたの時代から、1700年近く——経ってます」
仁徳天皇は、しばらく黙っていた。 スカイラインの灯りを、ひとつひとつ数えるように見ていた。
「あれほどの灯りがありながら」と仁徳天皇は言った。 「なぜ、朕の目には——民の苦しみが、透けて見えるのか」
颯太は、答えることができなかった。 答えを持っていたから、なおさら答えられなかった。
「申し上げても、よろしいですか」
「申せ」
颯太は、深く息を吸った。 いつもなら、ここで止める言葉だった。 カメラの前では、絶対に言わない言葉だった。 けれど、今、目の前にいるのは、視聴者ではなかった。
「今、この国では——『緊急事態条項』というものが、議論されています」
「緊急事態」
「災害や、戦のような大事が起きた時、政府が、国会を通さずに——法と同じ力を持つ命令を、出せるようにする、という話です」
仁徳天皇は、颯太を見た。
「なぜ、それが——民を脅かすのか」
「使い方次第で、何にでもなるからです」と颯太は言った。 「本当に民を守るために使われるなら、誰も反対しません。でも——歴史を見れば、強い力を一度手にした者が、それを手放した例は、多くありません」
「朕の時代は」と仁徳天皇は言った。 「逆であった」
颯太は、顔を上げた。
「民の竈に、煙が立たぬのを見た時——朕は、税を免除した。3年のあいだ、宮の屋根が破れても、直さなかった。非常の時こそ——上に立つ者が、まず差し出す。それが、統治というものだと、思っていた」
颯太は、何も言えなかった。
「今のこの国は」と仁徳天皇は静かに言った。 「非常の時だというのに——民から、先に差し出させようとしているのか」
「……そうなる可能性が、あります」
仁徳天皇は、長い沈黙のあと、スカイラインに目を戻した。
「あの灯りは」と仁徳天皇は言った。 「煙ではないのだな」
「はい」
「ならば——あの光の下で、いったい何人が、息をひそめて、夜を越えているのか」
颯太は、答えなかった。 答えられる数字を、持っていなかった。
