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第四章

束の間の道行き

第四章「束の間の道行き」

颯太は、迷った末に、古墳の脇の道を歩き出した。

仁徳天皇は、黙って、後ろをついてきた。

平日の昼下がり。 商店街に近づくと、自動販売機の灯りが点滅していた。 仁徳天皇は、その光に、しばらく目を奪われていた。

「あれは——竈、なのか」

「いえ……飲み物を、売る機械です」

「人手を、介さずに」

「はい」

仁徳天皇は、何も言わなかった。 けれど、何かを確かめるように、機械の前に立ち止まった。


商店街の奥、シャッターの下りた店が、いくつも並んでいた。 ひとつだけ、灯りの点いた店があった。 小さな食堂。 店先に、年老いた女性が、ひとり、椅子に座っていた。 膝の上に、何も乗せず、ただ、通りを見ていた。

仁徳天皇は、足を止めた。

長く、その姿を、見ていた。

「商いは——立っているのか」と仁徳天皇は聞いた。

「分かりません」と颯太は言った。 「でも……このあたりは、シャッターを下ろした店が、増えています」

「灯りは、絶えず、どこかで、点いているように見える」と仁徳天皇は言った。 「されど——」

颯太は、続きを、待った。

「それぞれの灯りの下で、何が起きているかは、分からぬ」

颯太のスマートフォンが、震えた。 ニュースの通知だった。

日経平均、終値6万8200円。史上最高値を更新。

颯太は、画面を、仁徳天皇に見せるべきか、迷った。

仁徳天皇は、自分から、画面を覗き込んだ。

しばらく、文字を、見ていた。 読めているのかどうか、颯太には分からなかった。

「これは——豊作の、知らせか」

颯太は、答えに詰まった。

「数字の、上では」

「数字は」と仁徳天皇は言った。 「竈の、煙ではない」

颯太は、何も言えなかった。

老女は、まだ、椅子に座っていた。 通りを、見ていた。 誰も、見ていないものを、見ているように。


「朕の時代にも」と仁徳天皇は、再び歩きながら言った。 「不作の年は、あった。だが——不作を、隠す術は、なかった。竈の煙の数が、すべてを語った」

「今は」と颯太は言った。 「数字は、いくらでも飾れます。市場が、上がっていれば——多くの人は、豊かになっていると、思い込みます」

「思い込みは」と仁徳天皇は言った。 「いずれ、覚める」

「覚めた時には」と颯太は言った。 「もう、遅いかもしれません」

仁徳天皇は、足を止めた。 颯太を、まっすぐに見た。

「だから、汝が、いるのではないか」

颯太は、何も言えなかった。

「気づかせる者が」と仁徳天皇は言った。 「いなければ、ならぬ」

夕暮れが、近づいていた。 古墳のほうから、風が、吹いてきた。

仁徳天皇は、空を、見上げた。

「朕は、そろそろ——戻らねばならぬ」

「待ってください」と颯太は言った。 「まだ、聞きたいことが——」

仁徳天皇は、静かに、首を振った。

「言葉は、もう、十分に渡した。あとは——汝が、選ぶことだ」

スカイラインの光が、一瞬、揺らいだ。

颯太が瞬きをすると、目の前には、もう誰もいなかった。

古墳だけが、変わらず、そこにあった。

夕暮れの風が、颯太の頬を、撫でていった。


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