颯太は、迷った末に、古墳の脇の道を歩き出した。
仁徳天皇は、黙って、後ろをついてきた。
平日の昼下がり。 商店街に近づくと、自動販売機の灯りが点滅していた。 仁徳天皇は、その光に、しばらく目を奪われていた。
「あれは——竈、なのか」
「いえ……飲み物を、売る機械です」
「人手を、介さずに」
「はい」
仁徳天皇は、何も言わなかった。 けれど、何かを確かめるように、機械の前に立ち止まった。
商店街の奥、シャッターの下りた店が、いくつも並んでいた。 ひとつだけ、灯りの点いた店があった。 小さな食堂。 店先に、年老いた女性が、ひとり、椅子に座っていた。 膝の上に、何も乗せず、ただ、通りを見ていた。
仁徳天皇は、足を止めた。
長く、その姿を、見ていた。
「商いは——立っているのか」と仁徳天皇は聞いた。
「分かりません」と颯太は言った。 「でも……このあたりは、シャッターを下ろした店が、増えています」
「灯りは、絶えず、どこかで、点いているように見える」と仁徳天皇は言った。 「されど——」
颯太は、続きを、待った。
「それぞれの灯りの下で、何が起きているかは、分からぬ」
颯太のスマートフォンが、震えた。 ニュースの通知だった。
日経平均、終値6万8200円。史上最高値を更新。
颯太は、画面を、仁徳天皇に見せるべきか、迷った。
仁徳天皇は、自分から、画面を覗き込んだ。
しばらく、文字を、見ていた。 読めているのかどうか、颯太には分からなかった。
「これは——豊作の、知らせか」
颯太は、答えに詰まった。
「数字の、上では」
「数字は」と仁徳天皇は言った。 「竈の、煙ではない」
颯太は、何も言えなかった。
老女は、まだ、椅子に座っていた。 通りを、見ていた。 誰も、見ていないものを、見ているように。
「朕の時代にも」と仁徳天皇は、再び歩きながら言った。 「不作の年は、あった。だが——不作を、隠す術は、なかった。竈の煙の数が、すべてを語った」
「今は」と颯太は言った。 「数字は、いくらでも飾れます。市場が、上がっていれば——多くの人は、豊かになっていると、思い込みます」
「思い込みは」と仁徳天皇は言った。 「いずれ、覚める」
「覚めた時には」と颯太は言った。 「もう、遅いかもしれません」
仁徳天皇は、足を止めた。 颯太を、まっすぐに見た。
「だから、汝が、いるのではないか」
颯太は、何も言えなかった。
「気づかせる者が」と仁徳天皇は言った。 「いなければ、ならぬ」
夕暮れが、近づいていた。 古墳のほうから、風が、吹いてきた。
仁徳天皇は、空を、見上げた。
「朕は、そろそろ——戻らねばならぬ」
「待ってください」と颯太は言った。 「まだ、聞きたいことが——」
仁徳天皇は、静かに、首を振った。
「言葉は、もう、十分に渡した。あとは——汝が、選ぶことだ」
スカイラインの光が、一瞬、揺らいだ。
颯太が瞬きをすると、目の前には、もう誰もいなかった。
古墳だけが、変わらず、そこにあった。
夕暮れの風が、颯太の頬を、撫でていった。
