インターホンが鳴ったのは、夜の10時を過ぎた頃だった。
「颯太だけど」
麻衣が鍵を開けると、颯太は、いつもよりも、長く、戸口に立っていた。
「今日、撮影で——堺に、行ってきた」
「うん」
「仁徳天皇陵」
麻衣は、何も聞かずに、メモ帳を取りに行った。
颯太は、靴を脱ぎながら、笑った。 自分でも、信じられない、という顔だった。
「今日のことは——たぶん、お前にしか、話せない」
「全部、話して」と麻衣は言った。
颯太は、ソファに座った。 窓の外には、いつもと同じ、光の多い夜景が広がっていた。
けれど、颯太の目には——その光が、少しだけ、違って見えていた。
「煙が、見えるか」と颯太は、ひとりごとのように言った。
「え?」
「いや」と颯太は、首を振った。 「——今度、動画にしたいことが、できた」
麻衣は、ペンを止めた。
「全部は、言わない」と颯太は言った。 「いつもの理論は、言わない。 ただ——仁徳天皇の話を、する。民のかまどの話を、する。それだけで——いい」
「見た人が、自分で、つなげる」と麻衣は言った。
「そう」と颯太は言った。 「俺が結論を、押し付ける必要は、ない。見たものを、渡すだけで——いい」
麻衣は、ペンを動かした。
言葉ではなく、行いだ。
そう、メモ帳に、書いた。
窓の外で、夜が、ゆっくりと、明けていく気配がした。
